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起業の心得:ゲンイチ第110回 学校とは

起業家インタビュー

執筆者: ドリームゲート事務局

先日、ドリームゲートカレッジで講演しました。カレッジというぐらいですから学校です。僕は右脳人間でもあるのですが、反面、とっても理屈っぽいところがあります(笑)。学校を運営するにあたってその意義を考えていました。そんな時に竹田青嗣氏の「愚か者の哲学」を読んで、その論旨に深く納得しました。それで、その論を借りて、自分なりの学校の存在意義を考えてみました。

僕たちは学校に行きます。義務教育は国が、高校は親が、大学は自分が決めたとしても、時に「僕は何故、学校に行くのか?」と考えます。これは専門学校や僕たちのドリームゲートカッレッジでも同じことが言えます。

「え、そんなの簡単、学校って勉強しにいく所でしょ」って。でも勉強なら家でもできます。確かに勉強したり、研究したり、知識や技術を身につけたり。そうなんですが学校の本質的な価値ではないです。

結論から言うと、学校の存在意義とは「学校とは私たちをそれまでのしがらみから解き放つ、自由で公正な競争のスタートラインである」ということです。

言葉は少し違いますが、竹田氏も同じようなことを言っています。
学校のない頃、僕たちは村で育ちました。僕たちは親の教えや村の掟、宗教で育ちます。そして、その村で男の子はお父さんのように、女の子はお母さんのような大人になります。
反対に言うと、父親や母親のようにしかなれないのです。自分の人生を自分では決められませんでした。もし、ひどい親、ひどい環境、ひどい領主などの元に生まれたら、それで、その人の一生は惨めなものになります。昔は身分社会です。農民の子は農民です。商人の子は商人です。武士の子は武士でした。

しかし、私達は近代になって学校に行きます。そこにはさまざまな人が集まり、家庭環境や出生などは問われない名前だけで呼び合う関係になり、同じ教室で、同じ教科書、同じ科目、同じ試験を競います。これが「自由で公正な競争のスタートライン」です。

そして、学校にはいろんな人が集まってきます。いろんな人を知ることは、自分の世界を広げることです。学校とは、人を他者として認めるもっとも自然な場所です。つまり、学校で大切なことは自由、公正、そして、交流です。

つまり、僕たちは学校で自分の生き方を自己決定することを学びます。自己決定のいいところはいつでもやり直しがきくということです。自分で決めたことですから、辞めるのも自由です。今までの環境なり、仕事がどうであろうと、いつでも僕たちにはやり直す可能性があります。学校とはいろんなものをリセットするところなのです。

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