起業の心得:ゲンイチ第89回 人生って?

起業家インタビュー

執筆者: ドリームゲート事務局

夏休みの沖縄でハルおばあと出会いました。海中道路の先にある平安座島で、ペンキで書かれた「ハル商店」という看板を見つけて寄ってみたのです。ハル商店は、昔懐かしい雑貨店で、そこの主がハルおばあでした。沖縄ではおばあさんのことをおばあと呼びます。「おばあちゃん、元気そうで・・・、おいくつですか?」ここから話がはじまりました。おばあは大正3年生まれの92 歳、お誕生日は4月3日で巨人軍の高橋君?○○君と同じ。この巨人軍の選手二人と誕生日が同じっていうのがご自慢らしく、3回は聞いたのですが、もう一人の名前を忘れました。ぼけているのは僕の方かも・・・(笑)
僕を見て「あなたぐらいの年齢の人を見ると、あの当時、戦争にとられていった若い人たちを思い出す」とおばあは言いました。おばあにとっては20代も50代も同じなんでしょう。まあ、そう言えば同じようなもんですが(笑)。

おばあはこの島に生まれて、12歳で神奈川県の川崎に引っ越したそうです。高校を卒業して、18歳で大阪の岸和田にある軍需工場に就職。その後、尼崎に転勤になりました。20代半ばで結婚しましたが夫は徴兵を逃れるためにアルゼンチンに移住。一日だけの新婚生活だったそうです。おばあは工場内の売店で、タバコやら食糧をみんなに配給していました。若い人がどんどん徴兵されて戦争に行くのを見送るのが、とても辛かったと話してくれました。

戦争が終わって、おばあは夫のいるアルゼンチンに向かいました。ご主人が何をしていたのか?聞くのを忘れましたが、彼女は日本で経験のある売店を始めたそうです。いわゆるよろず屋(日用品の雑貨店)です。このよろず屋を、アルゼンチンで30年営なんでいましたが、1982年、おばあが68歳の時にフォークランド紛争が勃発。戦争が大嫌いなおばあは、戦争が始まると聞いて、故郷の沖縄・平安座島に帰ろうと決意したのです。平安座島に帰ってきたおばあは、自分の家の前でまたまたよろず屋を始めました。帰った時にはまだ本島からの橋がなく、船で仕入れに行っていたといいます。それから 20年たちました。

おばあには子供がいません。でも、寂しくはないようです。ここには親戚やら従兄弟やら、みんなが、「おばあ、どうしてる」とやって来てくれます。お客さんも来ます。だから、おばあは気楽に、そしてみんなに囲まれて楽しく暮らしています。今、おばあは92歳になりました。

おばあは30代の時にアルゼンチンに行ってから92歳の今まで、お給料をもらう仕事をしていません。自分で生きてきました。だから、アルゼンチンでご主人を亡くしてからも路頭に迷うことはなかったのです。精神的にも経済的にも自立している立派なおばあです。
自分の「まだまだ」に気付かされる一日でした。そして元気をもらいました。
おばあ、ありがと。また、会いに行くね。
2005夏 沖縄にて

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