前回のコラムで、飲食店の開業に際して押さえておくべき重要ポイントについて取り上げました。飲食店を始めようとした動機や思いを自身の言葉で表した「経営理念」、予測損益計算書や資金繰り表などを含めた「事業計画書」、そして自己資金や金融機関などからの借り入れによる「開業資金」といったものです。
私の飲食店の開業経験から言ってこの中で特に重要なものは、「開業資金」とりわけ自己資金ではないかと思います。どんなに立派な経営理念や経営ビジョン、あるいは経営戦略などがあっても、どれほど詳細な事業計画書を立てても、開業資金がなければ絵に描いた餅にすぎません。
飲食店の開業資金には、自己資金と創業融資といった金融機関からの借り入れがあります。店舗開業にはかなりの額の資金が必要ですが、特に飲食店の開業となると10坪前後の店舗でも1000万円以上の開業資金が必要になります。
そこそこの立地で店舗物件を確保しようとすると、小規模なものでも数100万円の保証金がかかります。これに店舗設計、内装工事、厨房機器その他什器・備品をそろえるだけで、1000万円くらいになってしまいます。
これらに要する費用を、外部の金融機関からすべて調達することはできません。どうしても一定額の自己資金が必要です。そして、この自己資金の額によって、店舗開業とその後の経営がうまくいくかどうかが決まってしまいます。
先日、知り合いの融資コンサルタントから伺ったことなのですが、最近日本政策金融公庫(以下:日本公庫)に創業融資を申し込んでも、審査がパスする割合は4割前後に低下しているといいます。その原因の一つが自己資金不足とのことでした。
そこで、飲食店の開業に際し、自己資金がどれくらい必要なのか、また「経営理念」、「事業計画書」、「開業スケジュール」といった他の重要ポイントにどのように影響してくるのかなどについて、私自身の経験も含めて解説していきたいと思います。
- 目次 -
飲食店の開業に際して必要な自己資金は?
最近では、「ゴーストレストラン」などのような店舗を構えず、厨房設備だけ賃借してデリバリーに特化した経営をしたり、ほかの店の営業時間外に間借りして営業する「ヤドカリ店舗」など、初期投資額を抑えたビジネスモデルも増えています。
私もかつて夕方から深夜にかけて営業する寿司屋を、昼間だけ間借りして定食屋を営業したことがありますが、確かに初期投資はほとんどかかりませんが、他人の店舗のため少なからず気を遣うので、やはり自分の店を持ちたいと思ったものです。いずれは小さな店でいいから一国一城の主になりたいと考えたものです。
飲食店開業時の自己資金目安は実際にいくらくらい?
昔から飲食業界は、比較的参入障壁が低く、業界の人たちだけでなく調理経験のない脱サラの方たちも開業できました。だからといって少ない予算で開業できるわけではありません。冒頭でも述べたように、ある程度の立地であれば10坪〜15坪の小規模店舗でも、1000万円〜1500万円程度は必要です。
これを板前やコック、あるいは脱サラなどの個人レベルでまかなうには、どうしても金融機関などからの借り入れが必要となります。その際、自己資金がいくらくらいあればいいのか気になるところです。自己資金と融資についてはのちに述べますが、ある程度の借り入れをするためには、自己資金を創業融資の1/3〜1/2は確保したいものです。
1000万円程度の飲食店であれば、最低でも300万円の自己資金は用意しておいたほうがよいでしょう。居抜き店舗を利用した開業の場合、300万円〜500万円くらいが一般的な相場ですから、自己資金は100万円〜200万円弱といったところでしょうか。
飲食店開業の際に自己資金が必要な理由
多くの飲食店では、開業後3ヶ月あたりから売り上げがじわりじわりと減ってきます。これは開店景気、オープン景気といった一時的なブームが終わるためですが、それに歩調を合わせるかのように、業者への支払い、借り入れの返済が始まります。複数の金融機関から借り入れがあると、元利あわせた毎月の返済額はかなりの負担となります。このことを踏まえても、飲食店の開業資金で、自己資金と創業融資の割合は自己資金1:創業融資2、できれば同じくらいの割合がよいでしょう。
創業融資を申し込む金融機関・支援機関は、通常、日本公庫や信用保証協会です。日本公庫が扱っている創業融資には「新創業融資制度」というものがあります。この中で、自己資金は創業資金総額の1/10以上からと注記されています。また、信用保証協会については自己資金割合について特に明示していません。だからといって、自己資金を用意する必要がない、あるいは1割もあればよいというわけではありません。仮に融資を申し込んでも体よく断られることになるでしょう。
資金借り入れ希望額と自己資金との関係
私の場合、法人としての飲食店の開業でしたが、自己資金が開業資金の2/3ほどあったため、日本政策金融公庫(当時の国民生活金融公庫)や信用保証協会の保証付融資(マル保融資)共に、借り入れ希望の満額回答が得られました。
あくまでも、飲食店の開業に際して調達する自己資金は、創業融資総額の少なくても半分、できれば同額を確保してください。そうすれば厳しくなってきたとはいえ、日本公庫では支店決済額の上限1000万円の範囲で対応してもらえるはずです。信用保証協会も同様に希望する保証額と同額くらいの自己資金は確保しておきたいものです。
自己資金と経営理念、経営ビジョンや開業スケジュールなどとの関係は?
自己資金と経営ビジョン、あるいは開業スケジュールとの間にどんな関連性があるのかイメージできないかもしれません。ところが開業準備を始めると、いろいろな影響があります。
事業計画の実現にも深い関係がある
十分な自己資金があり、金融機関などからの借り入れも不要であれば、数年先の経営ビジョンや事業計画なども実現性の高いものが策定できます。たとえば、ある飲食フランチャイズに加盟し、とりあえず1店舗開業し、2〜3年以内に2店舗目を出店、さらに5年後には、3店舗出店するといった見通しもたちます。
しかし、自己資金が十分確保できず、かなりの額の融資が必要となると、まず開業準備は、開業資金の借り入れなどの金策に走り回ることから始めなければなりません。そうなると将来の経営ビジョン・経営戦略の策定はおろか、当面の事業計画すら十分に立てられなくなるおそれがあります。
開業スケジュールにも影響がある
また、開業スケジュールについても、自己資金のみ、あるいは自己資金と同額程度の融資であれば、当初の予定から大幅に遅れることもありません。これに対し、自己資金が少なく借り入れに大きく依存すると、本当に借り入れできるのか、できるとしてどれくらい借り入れられるのか、いつまでに実行してもらえるのか、などはっきりしないことも少なくありません。そうなると店舗物件の確保もままならず、当初計画した開業スケジュールが大幅にずれてしまいます。
自己資金学が足りなくなるケースも考えて
さらに、仮に自己資金が十分と思っていても、足りなくなってしまうこともあります。20年ほど前、私がフランチャイズによる開業したときの苦い思い出です。当初は平均的なフランチャイズ開業資金の倍くらいの自己資金があったので、中・長期的には数店舗経営するビジョンを立てていました。ところが、最終的に業務提携したフランチャイズの開業資金が通常の倍以上かかってしまい、借り入れをせざるを得なくなってしまいました。そのため、中・長期の経営ビジョンの見直しを余儀なくされたばかりでなく、開業スケジュールも1年近く遅れてしまい、その間、店舗の空家賃が発生するなど、無駄なコストまで生じてしまうこととなってしまったのです。
このように、自己資金の額によって経営ビジョンや当面の開業計画に大きなずれが生じかねないというところに留意しておく必要があります。
自己資金を調達する際、注意すべきポイントは?
最後に、自己資金を調達する際に注意すべきポイントについて紹介しておきます。創業資金を確保する上で、自己資金は多いに越したことはありません。ただその調達の仕方やタイミングによっては、自己資金にカウントされず創業資金に占める自己資金の割合が低くなってしまいます。
自己資金の出所をはっきりさせておくこと
理想的な自己資金の調達方法としては、創業者が何年もかけ毎月の給料から一定額をコツコツ貯めることです。ただ、それだけでは思ったほどの金額は貯まりません。多くの場合、親族からまとまった金額の贈与を受けたりします。このとき注意しなくてはならないことは、直接手渡しで受け取らず、必ず銀行口座を通して入金してもらうこと。日本公庫の融資担当者などは、必ず口座の入出金などを確認しますから、贈与者の口座から自分の口座に入金してもらうようにします。さらに贈与では、贈与税の非課税枠110万円の範囲に収めるということに注意してください。
自己資金の出資のタイミングを考慮すること
出資金には、株式のような有価証券を売却した代金を拠出することもあります。このような場合、売却するタイミングと入金するタイミングを考えることも重要です。
株価が値上がりする頃合いを見計らって売却、入金できれば自己資金の割合は高くなります。また、入金するタイミングについても、売却、換金したあと、融資申込前に入金できるなら、同じように自己資金割合は高くなります。
このように開業に際し、自己資金の調達方法や入金のタイミングに注意するだけで、自己資金額や割合が大きく変わってくるということにも留意しておきましょう。
まとめ
飲食店の開業には、押さえておくべきポイントはいくつかありますが、特に重要なポイントが創業資金、とりわけ自己資金です。自己資金をどれだけ調達できるかで開業するタイミングやその後の店舗運営が大きく違ってきます。
開業資金の額や割合などについては、いろいろな意見がありますが、予定とおり開業し開業後の店舗オペレーションをスムーズに行っていくためには、最低でも創業融資総額の1/3、できれば半分の自己資金を確保したいものです。そのためにも飲食店の開業を思い立ったら、早い時期からコツコツと毎月の給料の中から積み立てていくなど地道な努力が必要です。
執筆者プロフィール:
ドリームゲートアドバイザー 萩原洋(有限会社銀河企画 特定行政書士)
外食FC立ち上げへの参画や自らも複数店舗の経営を行った後に独立。
フードビジネスコンサルタントとして20年のキャリアをもつ萩原アドバイザー。
飲食店等を長年経営し引退を考える経営者が、事業を他者に譲り渡す「事業承継M&A」に複数携わるなど、ゼロからの出店ではなく立地や顧客を引き継ぎながら経営を始めるという分野のご経験を豊富にお持ちのアドバイザーです。
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