改変トラブルを防ぐためにクリエイターと発注者が心得ておくべき「著作者人格権」

この記事はに専門家 によって監修されました。

執筆者: 永田 由美

社会保険労務士・弁理士の永田と申します。

マスコミ・メディア関係の職場に通算30年近く勤務し、在職中に社労士の資格を取得したのとほぼ同じ時期に、制作部門から著作権管理部門に異動しました。そこで知的財産法、特に著作権法を取り扱うことになったのがきっかけで、知的財産管理技能検定3級から勉強を始め、2021年に弁理士登録しました。

社労士の専門である労働法と、弁理士の専門である知財法が同時に関わる案件というのが果たしてどれくらいあるのかと思っていたのですが、最近になって「意外とクロスオーバーすることがあるな」と感じ始めたところでした。

そんな折、大変衝撃的な事件が発生しました。

連載マンガ「セクシー田中さん」のテレビドラマ化を巡って、マンガの原作者とドラマの制作者との間にトラブルが生じ、漫画の原作者が自ら命を絶つという最悪の事態を招いてしまったことは、もう既に皆さんご存知かと思います。

今回は、コンテンツを創作して提供するクリエイターと、コンテンツの委嘱や利用をクリエイターに依頼する発注者の双方にとって円滑なビジネスを可能にするために留意すべきことについて、「著作者人格権」そして「ビジネスと人権」の観点からお話ししてみたいと思います。

「セクシー田中さん」以前からあった「著作者人格権」の問題

この件については多くの人がコメントされており、原作マンガの連載を行っていた小学館も声明を出しましたが、その中で「著作者人格権」という言葉が頻繁に登場していました。実は私もこの事件を最初に耳にした時に頭をよぎったのがこの言葉で、さらに「働き方のあるべき姿」を考える上で昨今重視されている「ビジネスと人権」という言葉も同時に浮かんできました。

小説家や漫画家、作曲家などのいわゆるクリエイターは、企業や個人の発注を受けて作品を創作し、あるいは既に創作して世に出しているコンテンツの利用を依頼されることがあると思います。クリエイターは著作権を発注者に譲渡することもあれば、譲渡せず利用のみ許可する、すなわちライセンスを与えることもあるでしょう。その際に、発注者が元のコンテンツをそのまま使う場合と、今般のドラマ化のように、元のコンテンツから形を変えた「二次的著作物」にして利用する場合があります。

このような場合、クリエイターは発注者に対し、自作のコンテンツをどこまで改変されることを許容するのか、ということを意思表示することがとても重要になります。「セクシー田中さん」事件も、原作をどこまで改変できるかについてマンガの原作者とテレビの制作者の認識に大きな隔たりがあったと考えられますが、実はこれに類する問題は他の現場でも頻繁に起こっています。

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コンテンツ改変を規制する2種類の「著作権」

著作権はよく「権利の束」と言われます。これは著作権が「複数の種類の権利を総称したもの」であることを意味しています。

たとえば絵や写真をコピーするには絵を描いた人や写真を撮影した人が著作権の1つである「複製権」を有していますので、彼らの許諾を要します。コピーはしないけれどもウェブサイトにアップして配信しようとすると、彼らにはこれも著作権の1つである「公衆送信権」がありますので同様に許諾が必要になります。また、コピーや配信はしないけれども、楽曲を生演奏したり小説を朗読する場合、楽曲の作曲者や小説の執筆者には「演奏権」や「口述権」があり、やはり許諾を受けて演奏や朗読をしなければいけなくなります。

ところで、この著作権の「権利の束」の中には、もとのコンテンツを異なる手法で表現したり、新しいコンテンツに作り変えたりすることを、コンテンツの原作者が許諾するかどうかを決められる権利もあり、著作権法では2種類の権利が規定されています。

1つは「翻案権(翻訳権)」です。小説やマンガ、楽曲などを外国語に翻訳したり、映画やドラマにしたり、特定の歌い手や役者に合わせて編曲やストーリーの翻案をするといった「コンテンツの変形」を行うことができる権利で、他人がこうした変形を行うためには、著作権を有するオリジナルの著作者等に許諾を得なければいけません。

この権利は、前記の複製権や公衆送信権のように、コンテンツの著作者が他人に権利譲渡することもできます。

そして、コンテンツの改変に関して創作した著作者が有する権利にはもう1つ、「同一性保持権」があります。

これまで挙げてきた複製権や公衆送信権、そして翻案権などは、著作権者であるクリエイターが、他者への権利の譲渡やライセンスの可否を決め、それに伴う報酬も要求できるといった、いわば自分の「ビジネス」のために行使し得る権利です。一方、この「同一性保持権」は、クリエイターとしての「人格」を保護する権利です。

実は著作権は大きく2つのグループに分けることができ、前者を「著作財産権」、後者を「著作者人格権」と呼ぶこともあります。そして翻案権は「著作財産権」、同一性保持権は「著作者人格権」のカテゴリーに属します。

著作権法では同一性保持権について、コンテンツを創作したクリエイターすなわち著作者が、「その意に反して」コンテンツを変形したり一部を削除されたりしない権利、と規定されています。要は、仮に著作権の譲渡やライセンスを受けた人の改変でも、原作者であるクリエイターの意に沿わない作り変えはクリエイターが拒否できる、という権利です。この同一性保持権を含む一連の「著作者人格権」に属する権利は、他人への譲渡やライセンスができない「一身専属」の権利です。あくまで、そのコンテンツを生み出したクリエイター自身の人格・尊厳を守るという趣旨の権利だからです。

キャラクターデザインやストーリー展開を通して、クリエイターは自身の抱えている思いや信条、社会に向けたメッセージを、マンガや小説などに託して表現します。そうしたコンテンツが、雑誌やウェブサイトに掲載される際に重要な箇所を削除されたり、映画化やドラマ化の過程で脚色された結果、内容が伝えたかったこととかけ離れてしまったら、クリエイターが創作した意義が失われてしまいます。

クリエイターによっては自分の手を離れたコンテンツが他者によってどんな風に解釈され、作り変えられていくかをむしろ楽しんでいる方もいらっしゃると思いますが、逆に脇役のキャスティングにもこだわる人もおられます。同じ原作者でも作品によってこだわりの度合いが異なるケースもあるでしょう。

今般の「セクシー田中さん」の事件は、この著作者人格権、特に同一性保持権に関わる問題だったわけです。マンガ作品のドラマ化は、テレビ局の制作者と漫画家との間で然るべき交渉を経て実現したわけで、その過程で「翻案権」についてはクリアになっていたと考えられます。しかし「同一性保持権」に関しては、原作を改変できる範囲について十分なコンセンサスが形成されていなかった状況が見て取れます。

「著作者人格権不行使条項」はないほうがいい?

コンテンツを創作するクリエイターと、コンテンツを利用する発注者の間で交わされる契約では、著作財産権について「権利を譲渡する」「利用を許諾する」といったように、クリエイターが発注者に権利を与える趣旨の文言が用いられますが、著作者人格権はそもそも他人に権利を付与できないので、最近ではクリエイターが「著作者人格権を行使しない」とする条項を設ける慣例が定着しつつあります。

発注者が使用する目的でクリエイターが委嘱を受け、新たに創作されたコンテンツは、発注者が受け取った成果物を規格に合うよう整えたり、誤字脱字やバグの修正等を行う必要が生じることがあります。そんな場合でも、同一性保持権をクリエイターが有しているため一切改変できないと、発注者としても困ります。そこで、こうした「不行使条項」を契約に盛り込んで、コンテンツを円滑に利用できるようにしています。

ですが、クリエイターの側からしてみれば、バグの修正やサイズ合わせならともかく、「不行使条項」があるからと言って、自作のコンテンツを発注者が無制限に変形することが許されるとなると、やはり納得がいかないことも生じるでしょう。この「不行使条項」があることで、契約の締結を躊躇するクリエイターも増えていると聞きます。

一般社団法人日本書籍出版協会が作成しているモデル契約書では、著作者であるクリエイターが「著作者人格権を行使しない」という条項ではなく、発注者がコンテンツの内容や表現に変更を加える必要が生じた際には「あらかじめ著作者の承諾を得なければならない」という条項を設けています。これはクリエイターにかなり寄り添った規定ぶりとも言えるでしょう。

一方で、これだと逆に発注者サイドが不安になるかもしれません。お金を払って創ってもらったコンテンツが、クリエイターの意向でわずかな改変もできず、利用できなくなったら大きな損失です。

重要なのは、どこまで改変できるのかを当事者間で事前にしっかり協議しておくことで、個々の事情に合わせた契約書を作成していくことでしょう。

たとえば「納入した成果物について、著作者は著作者人格権を『原則として』行使しない」としつつ、「内容や表現に影響する大幅な変更を行う際には著作者と協議し、著作者の同意を得て行う」といった趣旨の条項を入れておくことも可能かと思います。

「クリエイターは著作者人格権を行使しない」という契約によって、本当にそれだけで何でも変更が可能になるのかという点については、「悲劇を喜劇に変更して著作者の名誉・声望を害するような極端な改変」は、事後的にでも不行使を撤回しうるという見解もあります(中山信弘「著作権法」2008年版より)。

ですので、クリエイターの側も「不行使条項」があるから何もできなくなると捉えるのではなく、「不行使条項」を設けるならどの範囲までの改変を許容する準備があるのかを、しっかり意思表示することが大事だと思いますし、発注者も受け取ったコンテンツを有効に活用するため、どの程度の改変を許容してもらう必要があるのか、クリエイターに開示すべきだと考えます。

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「ビジネスと人権」の問題から見た「コンテンツの改変」

昨今「ビジネスと人権」という言葉を耳にするようになりました。最近では国連の調査員が旧ジャニーズ事務所の実態などを聴き取りした件も、この「ビジネスと人権」に関する調査でした。

労働者は働いて賃金を受けられればそれでいいというものではなく、物理的・心理的に安全な職場で自分の能力を如何なく発揮でき、自身の提供した労働によって社会に貢献することを実感できて、ひいては自身の成長や生活の充実にもつながるところまで求められているのが現代の潮流と言っていいと思います。

このような「やりがいのある人間らしい労働」は「ディーセント・ワーク」とも呼ばれます。「ビジネスと人権」の観点からもこのディーセント・ワークは重視されており、雇用されている人、フリーランスで働く人のいずれであっても、個人の尊厳がきちんと守られることが求められています。

会社の業務でコンテンツを創作する労働者にとってもディーセント・ワークはもちろん重要です。過剰な長時間労働やハラスメントの防止は当然ですが、働き手の自尊心が傷つけられる環境が職場として好ましいはずがありません。

コンテンツ制作に携わる人は、業務として制作している以上、組織の決めた一定の方針に従う必要はあるものの、その方針に沿った範囲内であれば、各人が自由な発想で創作を行うのが普通です。業務上必要な要件はクリアしているのに、気に入らない箇所があるからと言って上司が部下の成果物を好き勝手に改変していたら、モチベーションも下がってしまいます。そうしたことが常態化している職場では優れたコンテンツも生まれなくなり、優秀な人材が離職して会社の業績にも悪影響が生じます。

コンテンツの制作者が組織の従業員の場合、コンテンツの著作者人格権は組織にあるので、上司が改変しても従業員の「同一性保持権の侵害」には該当しないのですが、説明しましたように結果的に組織に「不利益」を生じることも想定できます。自社コンテンツの充実やレベルアップを図りたいのであれば、著作者人格権の趣旨も踏まえながらディーセント・ワークの実現を考えてみることは大変有意義だと思いますし、逆に著作者人格権を有する社外のクリエイターに組織が制作を発注する場合でも、本質的には同様であると考えます。

コンテンツの改変がもたらす別の問題

コンテンツの改変を巡る著作者人格権、特に同一性保持権の問題は、「セクシー田中さん」事件に始まったことではなく、各方面から様々な問題が浮かび上がっています。

そのうちの1つ、世田谷区史編さんの現場で起きている問題は、東京都労働委員会に救済の申し立てがなされており、私自身も補佐人として関与しています。

区史の編さんに当たり、区が歴史学者に執筆を依頼したものの、執筆者が提出した原稿の内容を区職員が改変したことで、同一性保持権侵害が問われるというトラブルが生じたというのが争点の1つになっています。

区側はトラブルが表面化した段階で契約書を作り直し、そこで「著作者人格権の不行使条項」を入れて契約更新を求めました。歴史学者がこれを拒否したため契約を途中で打ち切られ、労働委員会への申立てに発展していきました。

区としても区史の内容には一定の方針を持っているはずですから、提出された原稿をそっくりそのまま使わなければいけないとするのは不合理でしょう。誤字脱字や表記ゆれは当然修正しますし、予定しているページ数に収まりきらなければ一部を割愛することもあり得ます。

問題なのは、執筆者の専門である歴史学の知見と研究成果に基づいた原稿に手が入れられ、執筆者の知見と大きくかけ離れた内容になってしまったと執筆者側が訴えている点です。この点を巡っては昨年夏に東京でシンポジウムも開催され、いわゆる「歴史修正」にもつながりかねないとして活発な議論がなされました。

こうしてみると、みだりに著作物を改変することは著作者人格権を侵害するという問題にとどまらず、社会に影響を与えることもあることに気付かされます。

これが医学関連の著書だった場合を考えてみましょう。医療の専門家による原稿が出版社や編集者の都合で書き換えられた結果、誤った情報の提供になり、読者に健康被害が及んだとしたら、これは大きな責任問題になります。社会に悪影響を及ぼすと同時に、執筆者の名誉を傷つけることにもなります。

私も放送局で歴史関連の教育・教養番組を担当していた時期があり、一緒にお仕事をさせていただいた歴史学の先生方は、どなたもコメントを一言一句精査しておられました。ちょっとした表現の違いでも、ニュアンスが変わって先生方の研究内容を曲げて伝えてしまうことになりかねず、番組を制作する側も十分に気を遣う必要があったのです。

世田谷区で起きたトラブルの一因には、専門家に対する配慮も区職員の側に欠けていたという点もあるのではないでしょうか。

「信頼関係の構築」が一丁目一番地

結局のところトラブルを回避するには、コンテンツを提供するクリエイターと、コンテンツを利用する発注者とが、いかに信頼関係を構築できるかということにかかっていると考えます。

皆さんご存知の「サザエさん」に登場するノリスケさん(イクラちゃんのお父さん)は出版社に勤める編集者で、サザエさん宅の隣に住む小説家の伊佐坂先生を担当していますね。特に昔ながらの出版社では、個々の作家にそれぞれ特定の編集者がおり、長い付き合いの中で信頼関係を構築してきました。編集者は単に原稿を督促するだけではなく、作家の特性や意向を把握して、時には作品の方向性を協議するような関係性を築いていきます。

私が放送局の次に勤務したのは定期刊行物を出している中小企業で、医師や弁護士など社外の専門家の原稿を校正・編集する業務も行っていました。長い付き合いではなくても、一度校正を行ったらゲラを送り、執筆者に内容を検討していただいた事項を最大限尊重しつつ、会社の編集方針に則って文言を修正する作業をルーティンにしていました。

これは、契約に「著作者人格権不行使」の条項を入れればやらなくて済む、という性質のものではないと思います。執筆の依頼もビジネスですから契約を結ぶことは重要ですが、契約書によって信頼関係が生まれるわけではありません。昔の作家と出版社との間では契約書が不完全なケースも多々あったかもしれませんが、編集者が作家の理解者になり、強固な信頼関係を築いていたからこそ様々なトラブルを回避できていたのではないでしょうか。

マンガのドラマ化にせよ、書籍の執筆依頼にせよ、クリエイターとそれを利用する発注者が「二人三脚」で円滑に事業を進めていけるかどうかが成功のカギだと言っても過言ではありません。契約に際して「著作者人格権」について十分な配慮を行うことは、「著作財産権」について詳細な取り決めをするのと同じくらい重要だと心得ておきたいところです。

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執筆者プロフィール:
ドリームゲートアドバイザー 永田 由美
ひばりES社労士オフィス・ふじIE技術士オフィス
特定社会保険労務士・弁理士・知的財産管理技能士(コンテンツ・ブランド・特許専門業務)

マスコミ・メディア関連業界に約30年勤務し、取材・制作業務と著作権管理業務を経験。放送局に在職中の2010年に社会保険労務士登録、独立・開業準備中の2021年に弁理士登録。
ES(従業員満足)やワークエンゲージメント、ポジティブメンタルヘルスを重視した職場作りのサポートに力を入れており、自身が従事していたコンテンツ制作業務や研究・開発部門など、知的創造を伴う業種・職種における働き方の改善については、労働法と知財法の両面から支援を行っている。
昨年、著作権管理業務について実例を交えながら解説した電子書籍(kindle版)を出版。第1弾「著作権の基礎と実務」は7部門、第2弾「著作権の基礎と実務応用編」は9部門でAmazonランキング1位を獲得。

メディア関連企業のほか、広報部門などあらゆる業種において「情報発信」を担当する業務に従事し始めた人向けに、極力平易な言葉を使って実務の心得を解説している。

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ドリームゲートアドバイザー 永田 由美 氏

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