ディープテックとは?日本経済の鍵を握るディープテックスタートアップの創出(後編)

この記事はに専門家 によって監修されました。

執筆者: 森若 幸次郎 / John Kojiro Moriwaka

日本のディープテックスタートアップにとって、これからが勝負の10年

前回の記事ではディープテックにフォーカスするベンチャーキャピタルであるAbies Ventures(アビエス・ベンチャーズ)株式会社マネージング・パートナーの山口冬樹氏に話を伺い、日本経済の再成長にはディープテックスタートアップの創出が重要であることを語った。

今回は後編として、日本発のグローバルなディープテックスタートアップを量産するための鍵を探っていく。

ディープテックスタートアップを生み出す環境として恵まれている日本

日本は以前よりも技術競争力が低下していると指摘されているものの、大学や企業にはまだ商用化されていない世界最高水準の技術が多く眠っている。

ディープテックを利用したり、サービス開発や初期ユーザーとして協業する産業・企業が日本には多いこと、労働力不足などの社会課題が存在することも、スタートアップにとって潜在的に恵まれた環境にある。

また、世界に誇る製造加工能力を有する国内中小企業が存在することも、高度な製造加工精度が必要なハードウェア型のディープテックスタートアップにとって恵まれている。

最近は大企業の間でオープンイノベーションの活動が活発になり、実証実験プロジェクトを実施するハードルが非常に低くなっている。製造業や自動車産業に使われる技術を開発するスタートアップにとって、顧客やパートナーが近くに存在する日本は有利な環境である。

日本発のディープテックスタートアップの成功事例が量産される兆し

現在、日本の未公開企業の時価総額ランキングの上位に、ディープテックスタートアップが数多く並んでいる。1位のプリファードネットワークスを筆頭として、上位20社の半数がディープテックスタートアップである。※緑色がディープテックスタートアップ

引用:
https://media.startup-db.com/research/marketcap-ranking-202012

有力大学がベンチャーキャピタルを設立することによる、アーリーシード期への資金供給が増えており、弊社Abies Venturesのようなディープテック専業の独立系VCはまだ珍しいが、ディープテックに投資するベンチャーキャピタルも少しずつ増えてきている。

また、事業会社がオープンイノベーションの一環としてディープテックスタートアップに対する投資が増えており、ここ数年でシード・アーリー期の資金供給が充実してきたのが、一因である。

未公開ディープテックスタートアップ時価総額ランキング上位10社のうち、7社が100億円以上の資金調達に成功している。また、Abies Venturesの出資先である、前出のSynspectiveは、会社設立後の1年半あまりで109億円の資金調達に成功した。創業間もないスタートアップとしては世界の中でもかなり大きな資金調達規模である。

今後の課題:大きなビジョンを描くための資金供給

ディープテックスタートアップがより大きな事業構想を描き実現していくためには、「資金調達」が大きな課題であると考えている。

イーロン・マスク率いるTeslaやSpaceXは特異な事例ではあるが、アメリカは巨額の資金調達が可能な資金調達環境があるので、社会にインパクトをもたらす大きな事業構想を描きやすい。

昨年から投資活動を始めている産業革新投資機構(J I C)は、グロースステージのディープテックスタートアップを投資対象にしているが、まだ1社で数十億円規模の投資をできる投資家の数は、国内においては非常に限定的である。

東京証券取引所のマザース市場がグロースステージの資金調達の場として機能してきた側面もあり、バイオベンチャーで実績があった赤字上場の可能性も広がるため、2022年に新設されるグロース市場はディープテックスタートアップにとって望ましい環境になる。

しかしながら、上場企業ではリスクを取りにくい面も多く、未公開でのグロースステージの投資家の厚みを増やしていく必要がある。未公開の実績を積み上げてきた国内のベンチャーキャピタルのファンドサイズは大きくなりつつあるが、ディープテック・ベンチャーキャピタルへの機関投資家資金の流入や、海外投資家の呼び込みも含め、更なる投資家層の充実が期待される。

今後の課題:研究者にとって魅力的なキャリアパスの増加

世界大学ランキングの国内大学の低下が示す通り、我が国の世界における技術競争力は年々、低下傾向にあり、長期的に望ましくない状況にある。一因として、研究者にとって魅力的なキャリアパスが、限られた大学教授のポジションのみに留まってしまっており、多くの博士号を保有する日本の頭脳が、期限付きの研究員として不安定で必ずしも恵まれていない処遇や研究環境で研究をしていることにあるだろう。

そのような環境を見ている優秀な若手人材が、研究者を志向しなくなってしまうのは不思議ではない。また、大企業の中にも能力を持て余している研究者・エンジニアが多く存在している。

米国などでは、博士号を取得した科学者・エンジニアが共同創業者として起業したり、アーリーステージのスタートアップに参画することも多い。仮にうまくいかなくても、大学に戻ったり、他のスタートアップやメガベンチャー等に移り、キャリアを発展させられる環境がある。

日本でも少しずつではあるがそうした人材の流動性が高まっていて、技術の商用化・社会実装に興味がある人材の中には、起業したりスタートアップに移る研究者も増えてきている。成功事例を多く積み上げていく事が本格的なムーブメントを起こすには必要だと思われるが、スタートアップがキャリアパスの一つとしてスタンダードになっていく事が期待される。

日本発のグローバルなディープテックスタートアップを量産するための成功の鍵

海外経験に富んだ人材や外国人メンバー、海外投資家を巻き込む

世界に通用する技術や必要な資金を調達することは、グローバル展開の必要条件ではあるが、それだけでは成功できない。海外事業展開を実行するチームの構築や、それを支援する海外投資家を招き入れることが不可欠である。

シリコンバレーには様々な国から人が集まっており、多国籍チームを構築する難易度も高くなく、世界の投資家が投資をしている。しかし外国人比率が低い日本では、日本人だけのチームによるスタートアップが大半であり、海外投資家から資金調達に成功した会社は非常に限られる。

私がMistletoeでCIOを務めていた際に投資をした、スペースデブリ除去サービスで世界市場のパイオニアであるアストロスケール社がある。創業者CEOの岡田光信氏は、海外留学や外資系企業での勤務経験などがあり、彼自身で海外事業開発を進めていたが、2017年に元NASAのクリス・ブラッカビー氏をCOOとして招き入れた。経験豊富な海外人材も相次ぎ参画し、海外政府関係機関との調整、海外企業との事業開発に成功した。

京都大学発のEV技術ベンチャーのGLMは、当初は日本の投資家からのみ資金調達を行っていた。しかし海外生活が長く現Abies Venturesのパートナーでもある長野草太が、当時GLMのCFOとして海外の財閥企業や政府系ファンドなどの投資家を招き入れ、2015年当時の日本のスタートアップとしては多額の資金調達に成功した。その後、海外投資家の指南により、アジアや欧州等の海外市場においてビジネスの拡大に成功し、海外売上比率が上がり、現在特に米国で注目されているSPACに近似したスキームを活用し2017年に香港市場へ上場を果たした。

前出のTelexistenceは、海外市場で成功するためには創業初日から全てを海外に合わせた設計をする必要があると考え、人材採用においては英語スキルを必須とし、社内のコミュニケーション・書類も基本的に全て英語とするなど、非日本人を前提に組織設計、運営している。日本人を前提に醸成された企業文化や”雰囲気”を途中で切り替えると日本人社員からの抵抗が強いからだそうである。すでに海外企業からの資金調達にも成功しており、日本市場での事業化と並行し、海外市場への参入の準備を進めている。

顧客ニーズを把握できるディープテックスタートアップの成長に期待

ディープテックのスタートアップは、シードとなる技術をベースに、何ができるか、という発想で事業を模索していく会社が多い。一方で、米国のTeslaやSpaceX、Zipline、前出のアストロスケール等は、目的とするミッションを実現するために、必要な技術や人材を特定した上で、それらをかき集め、製品やサービスを開発し市場投入している。例えばアストロスケールは、今後多数の衛星が打ち上げられると見込まれる中で、スペースデブリを増やさないことが非常に重要であることを見出し、事業を構想・立ち上げた。

この技術が何かに役に立たないだろうか、事業化できないだろうか、というところが起点であっても良いと思うが、顧客のニーズに対して真に答えるためには、どのような製品やサービスが必要かという事を考え、極端にいうと当初の技術を捨てるような割り切りも必要である。

前出のエー・スター・クォンタムは、他の量子コンピュータソフトのスタートアップは、量子コンピュータの研究者が創業者・主要経営メンバーの一員であるケースが多いが、同社は、量子コンピュータ領域の大学教授数名を顧問にしているものの、多様な企業システムを開発してきた船橋弘路氏が創業している。同社は、顧客の課題を解決する事が最重要であると考えており、必ずしも量子コンピュータで課題を解くことにこだわらず、あらゆる技術を活用して、ユーザーニーズに答えようとしている。

前出のTelexistenceは、ターゲット用途を特定し、潜在ニーズをもとに、求められる性能やコストを抽出し、ロボットやシステムの開発を行ってきている。大手コンビニエンスストア・フランチャイザーと協議をしながら開発を進めてきたが、実際に自社でコンビニエンスストアの運営まで行い、飲料や弁当等の陳列作業をテストを繰り返し、改良を進めるという現場志向を徹底したアプローチを取っている。

 

山口冬樹氏プロフィール

山口冬樹
Abies Ventures株式会社マネージング・パートナー

山口氏は東京大学大学院理学系研究科で物性物理の研究後、米国系経営戦略コンサルティング会社のベイン・アンド・カンパニーで、情報通信、自動車、エネルギー、医療機器、等の大企業へのコンサルティングを行う。その後、ベンチャー投資やプライベートエクイティ投資、経営コンサルティングを経て、2013年から連続起業家・投資家の孫泰蔵氏と、CIOとしてMistletoeを立ち上げると共に、シリコンバレー拠点のVCであるVisionnaire Venturesの立ち上げ、国内外のスタートアップへの投資・育成に関わる。

2017年にディープテックにフォーカスするベンチャーキャピタルAbies Venturesを創業し、京都大学発ディープテック・スタートアップであるGLMにおいて、取締役CFOとして国内外投資家からの資金調達、海外事業展開及び海外市場上場を指揮した長野草太氏と共に、2018年7月から1号ファンドを運用し、特に投資先のグローバル展開を目指して支援をおこなっている。

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