第148回 株式会社メタップス 代表取締役CEO 佐藤航陽

起業家インタビュー

執筆者: ドリームゲート事務局

第148回 

株式会社メタップス 

代表取締役CEO

佐藤航陽 Katsuaki Sato

1986年、福島県生まれ。実家の教えは、「自己責任で生きる」。15歳くらいから、自己流の商売を始め、生活費などを稼ぐように。2006年、早稲田大学法学部に入学する。弁護士か政治家を目指していたが、日本の政治・経済の仕組みを変えるためには、事業で成功することが近道と認識。大学1年に休学届を出し、その後、中退。授業料として確保していた150万円を原資とし、2007年、イーファクター株式会社(現メタップス)を設立。当初はソーシャルメディア、SEOなどのコンサルティングを手がけていたが、2010年からスマートフォン向けリワード広告事業に参入。2011年6月にシンガポール子会社を設立し、「メタップス」のプラットフォームをリリースした。2012年4月に中国(香港)、アメリカにも進出。まずはアジア市場を押さえ、2年以内に世界ナンバーワンのポジションを狙う。

ライフスタイル

好きな食べ物
麺類・肉類全般です。

生き急いでいるからか、せっかちなんですよね(笑)。大抵食事は、5分、10分で済ませられるものを選びます。吉野家、マクドナルドとか。カップラーメンもよく食べます。食生活は偏ってますね(笑)。

趣味
散歩です。

仕事とプライベートの境目がまったくないので趣味はないんです(笑)。強いて挙げるとすれば、散歩です。考えをまとめるために、けっこう街を歩いたりします。新宿から歩き始めて、気付いたら六本木だったなんてことも、たまにあります。

行ってみたい場所
仕事でかかわりのない国(中東・アフリカ)

海外はけっこう仕事で出かけますし、日本のいくつかの主要地方都市では生活もしました。だから、まだ行ったことがない国で、かつ仕事で関わることがあんまりない国には行ってみたいですね、ドバイとか北朝鮮とか。

スマホ向けリワード広告ネットワークで、
まずはアジアNo.1、そして世界の市場を狙う!

2007年、大学に入学した後に休学、その後自主退学し、徒手空拳でITビジネスを起業した。3年目に方向転換を図り、スマートフォン向けリワード広告事業に参入。アプリ開発者のマネタイズを助け、広告主にはCPI(Cost Per Install)のプロモーションを提供する、WinWinのプラットフォーム「メタップス」で、今後、急成長が見込まれるアジアを押さえ、その後、北米へ――。そんな同社をけん引する25歳のCEOが、佐藤航陽氏である。「スピードを持って国の市場を押さえていくことに注力しています。どの国で1位になれるか――その戦略は、グーグルやフェイスブックの戦略と近いですね。シンガポールからアジア市場を押さえ、日本を押さえ、中国を押さえといったことを繰り返し、メタップスのネットワークを拡大していくということです。おそらく最後は北米が大きな勝負の場となるでしょう」。今回はそんな佐藤氏に、青春時代からこれまでに至る経緯、大切にしている考え方、そしてプライベートまで大いに語っていただいた。

<佐藤航陽をつくったルーツ1>
与えられるものが少ない母子家庭で育つ。
我が家のルールは、自己責任で生きる

 福島県の福島市で生まれました。県庁所在地ですが、少し郊外に行けば畑が広がる地方都市で、雰囲気的にはJRの五反田駅1個分くらいの規模感だと思います(笑)。きょうだいは、兄、姉がいて、私が末っ子。母子家庭だったので、母が働いていましたから、家事をやるのは姉が多かったです。そんなうちのルールは、それぞれが何をやるのも自由、ただし、何をやるにもすべての結果は自己責任。ずっとそうやって育てられたんですよ。ほかの家庭に比べて裕福ではないから、親からもらえるものが少ないでしょう。遊ぶための道具も、けっこう自分で工夫してつくったりしていました。

 そんな家庭環境だったからでしょうか、小さな頃から、「なぜ世の中は不公平にできているんだろう」という疑問を持っていました。そして、どうせ生きていくならそんな世の中を正すような人間になりたい、と。勉強もスポーツもそこそこできたし、学級委員にもよく選ばれるガキ大将タイプでした。そんな私の小学生時代の夢は、警察官になること。日本の政治や経済はおかしいとずっと思っていたし、悪いことを正すのが、警察官の役割だろうと。子どもでしたから、単純に信じていたんですね(笑)。

 中学に上がってからは、バスケットボール部に入部しました。部活動は普通にこなしつつ、この頃から、少しずつ商売めいた活動を始めています。我が家のルールは、自己責任で生きる、です。日銭を稼ぐことも、自分にとっての自由を広げてくれる行為でしたから。最初は単純に、知人間で売ったり買ったりをしながら手元の「原資」を増やしていく行為の繰り返しです。パソコンは高価で買えませんでしたから、アナログでネットよりも稼げることを考えた結果、仕入れて、売るというプリミティブな商売にいきついたんです。あの当時にパソコンを持っていれば、もっと色々なことができたなと今でも思います。

<佐藤航陽をつくったルーツ2>
熱き仲間を求めて東京の大学に進学。
あまりのギャップに愕然とする

 もともと持っているものが少ないので、生きていくためには、一極集中したほうがいいだろうと。地元の進学校に入学してからは、部活に入らず商売にのめり込みました。センスも意外とよかったんでしょう。母がデザインの仕事をしていて、それを手伝ったりもしていました。その影響でものづくりが得意だったので、自分でデザインした服や靴などをつくって売っていたことも。屋台を手伝ったり、露天商をしてみたり、とりあえず常に売り買いの場に触れていました。高校に入った後は時間が自由になったので、けっこう本格的に商売をしてみようと、十代にしてはかなり稼いでいたと思います。

 物心ついた頃にはバブル経済が弾け、その後の日本経済は下降の一途。国の仕組みやルール決定をつかさどるのは、法律家や政治家ですよね。いつも、政治と経済、頭と手足がバラバラに動いている感じで、社会に対して憤りを感じていました。だからこの頃は、弁護士か政治家になろうと考えていました。そのため、高校卒業後は、早稲田大学の法学部に進学します。が、早稲田の入学金は高いんですよね(笑)。入学後は貯めた資金も半分は消し飛んでしまいました。ただ日本の首都に行けば、自分と同じような、「今」に疑問を持っている同世代の人達に会えるはず。そう考えて、東京の大学を選んだんです。

 入学してすぐ、自分の思いとのギャップに驚きました。学生たちがすごくのんびりしているわけです。このまま、学生生活を続けていていいのだろうか……。もしもこのぬるま湯に浸った若者たちが、20年後の日本を支えることを想像すると、世界から日本は本当に必要とされなくなるんじゃないか……。今でもそうですが、私は、早く仕組みを変革したくて、焦っているんです。すべてを「短期間」で書き変えるためには、「内部」から登るのではなく、「外部」から。つまり業界のアウトサイダーではないと難しい――。それが大学1年目の夏の決断です。自分の手持ち資金は当時で150万円。弁護士や政治家になるために大学の授業料を払うよりも、企業経営者になるほうが目的達成の近道だろうと。そんなわけで、私は早稲田の校歌も歌えません(笑)。

<起業>
中小企業経営者になりたかったのか……?
3年目に立ち止まり、本来の志を再確認

 得意だったアパレルやデザインでの起業も検討しました。でも、振り返れば、高校時代は地元のネットワークがあったから稼げた部分も大きかった。また、それらのビジネスは初期投資も高い。いろいろ、考えた結果、小資本で起業でき、短期間でレバレッジが効いて、グローバルに戦えるのはITしかないと結論。ただ、私はそれまでパソコンメールもできなかったんですけどね(笑)。そこで、プログラミングが得意な友人の付き添いで秋葉原に行き、中古のDELLを4万5000円で購入。約3カ月かけて、サイト構築と簡単なプログラミングを友人のサポートを得ながらほぼ独学でマスターしました。

 そして、2007年の9月に、イーファクター株式会社(現・メタップス)を設立。最初にリリースしたのが、SNSのような今でいうソーシャルメディアのWebサービスで、記事を時間軸で見せる視覚的な表示方法が特徴でした。当時、反響を呼んで、ベンチャーキャピタル(VC)から1000万円の投資を受けることもできました。ただ、新しい仕組みをつくったのはいいのですが、売り上げがなかなか上がりません。消費者向けのメディアサービスは損益分岐点が非常に高いことにスタートして初めて気づきました。その後は、会社経営を維持するために、四苦八苦を繰り返す毎日が続くことになります。

 1日多い時は300件以上、電話営業をかけまくりました。受託でサイト作成の仕事をこなしたり、サイトのマーケティング代行を引き受けたり。そんなプロセスを通じて、SEOなど、Webマーケティングのノウハウを蓄積し、その仕組みを体系化したコンサルティングをスタート。今、この時に学んだことが事業に生かされています。また、自社サイトとしてクーポンサイトを立ち上げて、ショップなどのマーケティングも手がけるように。起業して3年を過ぎ、何とか数億円の年商を稼げるようになりましたが、ふと立ち止まって考えました。このままいけば、年商10億円規模の中小企業は簡単につくれる。しかし、世界そのものを変えられるような規模までは永遠にたどりつけないし、日本を変えるビジネスをつくることもできない……と。

<インタビューの旅へ>
スマートフォン市場は10年に一度の大きな波!
アプリ開発者側にマネタイズの仕組みを提供

 世界には、起業から短期間で大きなパワーを手にした経営者が、大勢います。起業して4年目、そんな起業家たちの話を実際に聞いてみたいと、1年ほどの期間、主にアジアとアメリカへ出張がてらアポを取って話を聞きに出かけました。20人ほどの経営者や投資家と面談したでしょうか。なかには、事業を大きく成功させ、数千億円規模のファンドを運営している、世界的な著名起業家もいました。いろんな有益な理解を得ましたが、まず、彼らと日本のベンチャーとでは、CEOというポジションの認識がまったく違っていたのです。

 日本の多くの経営者は、「こうあるべき」など周囲の目を気にします。一方、海外では、CEOは単なる役割であって、目的達成のためだけに動きます。いかにCEOとしての自分を客観視し、経営に専念できるか、それが大事。また、彼らは1、2年の短期決戦でビジネスのケリをつけることを当然と考えます。もちろん、それを可能にするため、VC、コンサルタント、成功起業家など、ステージごとにベンチャーを支援するエコシステムができ上がっています。そしてベンチャーを支援する際の与信は、チームの力にある。「これだけの人材がそろっているなら、支援する価値がある」という具合です。

 そんな話を聞くなかで、自分のなかでもやもやしていた思いが消え去りました。2009年から1年をかけて世界を回るうち、スマートフォンの市場こそ、10年に一度のチャンスであることがわかってきました。さらに、盛り上がっているスマホ市場のリサーチを進めると、世界中で共通した悩みの存在が明らかになった。それは、アプリ開発者側のマネタイズ(収益化)の難しさ――。挑戦のフィールドが決まれば、その後にすべきことは明確です。私はCEOとして事業化の絵を描き、誰もが納得する人材でチームをつくる。グローバルで活躍していた経営者達の考え方に触れて、自分のやるべきことが明確になりました。

●次週、「まずはアジア、その後に北米。世界ナンバーワンのプラットフォームをつくる!」の後編へ続く→→

今後2年で世界市場をいっきに押さえ、
次代の日本企業のあるべき姿を創造する

<まずはチームづくり>
他社の社長を役員としてスカウトし、
ビジネスはシンガポールでスタート

 スマートフォン端末はどんどん普及しますが、アプリ開発者はあまり儲からない。このアンバランスな環境を改善するためのネットワーク構築が、メタップスが手がけるビジネスモデルです。具体的なサービスの内容としては、収益化したいアプリ開発者側と、広告を出稿したい広告主をつなぐプラットフォームを双方に対して提供します。基本はリワード広告という仕組みで、広告主側へは、通常のクリック課金ではなくダウンロード課金。また、アプリ側は、ユーザーに対して広告のオファーを提供し、お金を払いたくないユーザーもマネタイズに取り込める点が特徴です。

 このビジネスモデルでいっきに勝負をかけるため、まずやったのはCFOとCTOのスカウトです。世界を視野に数千億円規模のビジネスに育てるには、誰が適任なのか……。自分が持っている人脈をすべて使って、「この人」と思われる人材に順次アプローチしていきました。もちろん、簡単ではなかったですが、人間、「死ぬ気の頼み」をすればどうにかなるものだなと自分でも驚きました(笑)。最初の二人はどちらも他の会社の社長で、協力を取り付けるまでは数カ月の時間を要しましたが、3人体制ができ上がった後は、比較的簡単に優秀な人材をスカウトできるようになりました。そして、必要なチームができ上がり、プラットフォームの開発を終えた2011年6月、初めてメタップスのビジネスモデルを公開したのはシンガポールです。

 最初にこの国を選んだのは、すでに当時でスマホの国内シェアが70%超えていたこと。マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ、インドなど、アジア諸国への展開もしやすかったこと。もうひとつ、私の理想としていた社会の仕組を構築していたからです。シンガポールは内需に頼らず外貨を稼ぐ仕組みを国として育てており、経済成長が鈍化した先進国の次のあり方のような気がしました。ビジネスに関しては当然ですが、最初から世界を目指していました。北米に、当社の競合ともいえる大手企業が存在しています。ただ、文化や言語が多様なアジアは彼らにとっては攻めづらいフィールド。そこをメタップスがきめ細かに、かつていねいに取り組みながら、まずはアジア諸国の市場をスピーディに押さえるという戦略です。

<世界を獲る!>
アプリ開発者、広告主の双方から絶賛!
ゼロベースで始めたビジネスが世界へ

 やはり、レバレッジを効かせるビジネスを展開するためには、営業をして売りに行くようなプロダクトでは難しいことを痛感しました。困っていた人たちがたくさんいたわけで、サービスを投下した後は、「話を聞きたい」という声がすぐに集まり始めましたから。そういった意味でも、私たちが立てた仮説は間違ってなかった。アジア諸国はまだまだ、日本や北米のように、アプリにわざわざお金を払うようなユーザーが少ない。いくらその国に10億人の人口がいても、それではその商売は成り立ちません。でも、私たちのビジネスモデルは、ユーザーからではなく、広告主が彼らのアクションに対してお金を払ってくれる仕組みです。ですから、GDPが低くても、人口が多ければ多いほど、私たちの仕組みがフィットするのです。

 しかも、アジアは、中国、インド、インドネシアと、人口の多い国々を抱えています。当社の戦略と展開する国々のGDPと状況を見ても、アジアはドンピシャだったなと。また、日本には優秀なクリエーターが多く、コンテンツが強い国です。ただ、言語の障壁があるから海外に攻めることができなかっただけ。もう一つは、やはりマネタイズの部分。でも、メタップスのプラットフォームを使うことで、それらの障壁はきれいに消え去ります。日本のコンテンツがどんどん世界に出ていけば、外貨を稼ぐことにもつながる。それによって、国内に閉じこもっていた日本人の考え方も変わり、流れが大きく変わるはずだと思っています。

 私の目的は、日本のグローバル化の遅れを取り戻すことにもあります。そんな社会をつくりたいと本気で思ってきました。この事業は、私が考えてきた思想と、非常に合っているなあと。日本人としてゼロベースから始めたこのビジネスで成功することができれば、それを見た日本人も、「あんなよくわからないやつができたんだから、俺もいけるんじゃないか」って(笑)。実際、国内でいえば、広告主に関しては営業せずとも数えきれないほどのご出稿が常時控えています。また、海外のアプリ開発企業からも多く導入いただいており、すでに累計で1000万以上のダウンロードがなされています。何よりも今まで「儲からない」と言っていた開発企業が、マネタイズに成功されて事業をどんどん拡大していく姿をそばで見ているので、大きなやりがいを感じます。

<未来へ~メタップスが目指すもの>
様々な市場を統合していくスマートフォン
国境をまたぐ新しい「スマホ経済圏」の創出が目的

 スピードを持って国の市場を押さえていくことに注力しています。どの国で1位になれるか――その戦略は、グーグルやフェイスブックの戦略と近いですね。シンガポールからアジア市場を押さえ、日本を押さえ、中国を押さえといったことを繰り返し、メタップスのネットワークを拡大していくということです。おそらく最後は北米が大きな勝負の場となるでしょう。今、シンガポール、香港、日本、シリコンバレーに拠点があります。どの国も日本の優秀なコンテンツを引っ張ってきたいという思惑があります。ですから、各国の行政機関、大使館から協力や誘致のお誘いをいただくことも多いです。正直、私たちは日本企業という立場を捨てるつもりでいますから、各国の思惑や商慣習に柔軟に対応することができる。そこも大きな強みだと思っています。

 昨年末の3.3億円の続き、今年2月に1.1億円の資金調達を完了させました。VCにも当社のメンバーにも伝えているのは、「今年1年、2012年中にアジア1位になる。そして、来年、2013年中には世界1位になる」。私を含め、CFOもCTOも、もちろんメンバーもこの激動の2年間をいかにして勝つか、そこだけを考えています。そもそもみんな、5年も10年もだらだらとこの会社に居続けるつもりはない。でも、2年で確実に勝つことができれば、その後に目指すべきそれぞれの人生のより近道が描けるはず。いってみれば、真剣勝負の「プロジェクト」に参加している感じなのではないでしょうか。

 すでに、どの国から、どの国にでも簡単に配信できて、スマホ市場でお金を稼ぐことができるネットワークと仕組みが整いつつあります。2年後に世界市場を押さえた後は、私たち自身がコンテンツをつくっていく、もしくは買っていこうと考えています。コンテンツをつくれる会社はネットワークに参加していただき「スマートフォン経済圏」をどんどん拡大させていくつもりです。数年後にはスマホで個人の支払いや資産管理まで行われていると思うので、通帳やクレジットカードを使わない世の中が来る。そのタイミングでデバイスとネットワークを押さえていれば、かなり強い。「スマホ」と「金融」や「ゲーム」、「テレビ」など様々なものが融合して一つに統一されていくと予想しています。ネットやスマホが普及されていく中で経済的な国境は消えて、多国籍に活躍するサービスや企業が国の役割を担うような時代になる。その時、自分の考えていた理想が実現できるような立場になっていたいと思っています。もちろん、必ずできると信じています。

<これから起業を目指す人たちへのメッセージ>
例えば、明日死んだら何を一番後悔するのか考えてみる。
自分のモチベーションの源泉を見つけることです

 まず、私のやり方はあまり参考にならないし、オススメもできない、とだけ言っておきます(笑)。ただ商売は規模の大小にかかわらず、すべてに意味があるものだと思います。私の場合、自分がどうなりたいという思いはほとんどないんです。ただ、世界の国々で生活している、生まれつき「機会」を与えられていない人、もしくはそれ以下の境遇を強いられている人々のために、今の仕事をしているようなもの。なぜ、自分はこの世に生れ、今、存在しているのか。最終的には、生きる「意味」なんてないのかもしれない。いつか死んで、土くれになることが人間の定理かもしれない。それでも人間って、自分の存在意義を見つけたいものでしょう。だから、仕事であれ何であれ、自分のモチベーションの源泉を理解し、そのために全部を捧げられるような人生であれば、それはきっと幸せですよね。

 そもそも、起業家という生き方の成功とは何か? スケールを追うことなのか、もしくは個人的に満足できるほどの収入があればいいのか、その定義は非常に難しいと思います。ただ、最悪だと思うのは、家族、親友、仕事仲間たちすべて含めて、他人からどう見られたいかを考えてしまうこと。他人の意見や考えに簡単に左右されてしまって、自分が本当にやりたいこととか、生まれてきた意味をとことん追求できないことが一番の不幸だと思うのです。私は、自分の人生にかかわってくれた人たちには、絶対にそうなってほしくない。

 最終的には、人間、自分のエゴやこだわりに帰着すると思うので、今自分がやっている仕事に納得できるかどうかだと思います。行くか、留まるか、自分の意思は決まっているのに、他人との調整の板挟みで迷う人も多いでしょう。でも、来年、自分が死ぬかもしれないとしたらどうでしょう。悩んでいる暇なんてなくなるはず。簡単ではないですが、誰しもに必ず訪れる死を身近に置いておくと、難しい迷いも気にならなくなり、自分なりに納得できる方向に足を出せるのではないでしょうか。明日起きて目が覚めなかったとしたら、何を一番後悔するか。そこにこそ、あなたのモチベーションの源泉があるはずです。

<了>

取材・文:菊池徳行(アメイジングニッポン)
撮影:内海明啓

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