第3回 タリーズコーヒージャパン株式会社 松田公太

起業家インタビュー

執筆者: ドリームゲート事務局

第3回
フードエックス・グローブ株式会社 代表取締役社長
タリーズコーヒージャパン株式会社 代表取締役会長 松田公太 Kouta Matsuda

1968年、宮城県出身、東京育ち。73年からアフリカ・セネガル、79年から米国マサチューセッツ州で過ごす。86年に帰国後、筑波大学国際学類に入学。90年、三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。96年、起業を決意し退行。97年8月、スペシャルティコーヒーの「タリーズコーヒー」1号店を東京・銀座にオープン。翌年、タリーズコーヒージャパン(株)を設立。2001年7月、ナスダック・ジャパン(現・ヘラクレス)に株式を上場。02年8月、持株会社体制に移行(フードエックス・グローブ株式会社)。02年11月、クーツグリーンティー(株)を設立し、12月、本物の緑茶がカジュアルに楽しめる専門店「クーツグリーンティー」1号店を東京・神谷町にオープン。04年1月、フードエックス・グローブをMBOにより非上場化。05年8月、日本における「Tully’s」商標権を完全取得。05年9月、中国スイーツ&ドリンク専門の新業態「爽好果(シャンライカ)」を立ち上げ、1号店を東京・新宿にオープン。05年11月、タリーズコーヒージャパン(株)代表取締役会長に就任。著書に『すべては一杯のコーヒーから』(新潮社)がある。

ライフスタイル

好きな食べ物

サルの脳みそも食べました(笑)。
嫌いなものは一切ありません。セネガルにいた頃は、サルの脳みそも食べました(笑)。でも、やはり日本人なので和食は心底うまいと感じますね。いい店でお いしい和食を食べると、本当に日本人でよかったと。あと最近は、中華料理。当社が昨年から始めた中国スイーツ&ドリンクの新業態「爽好果(シャンライカ)」にご協力いただいている、「トゥーランドット」総料理長の脇屋友詞さんの料理は感動ものです。例えば、フカヒレを1日8時間、2週間かけて煮込むなど、素材を大切に仕事をするとはこういうことかと。やはり天才も努力を積み重ねるのだなと感心しました。

 程度のいいマスタングを探してるんです。
小学校1年生の頃、『小学1年生』という雑誌のグラビアで見た、緑色のマツダRX-7。「かっこいい! 将来絶対このクルマに乗りたい」と。筑波大学時代 にその夢は叶いました。でも、白いボディで20万円でしたが(笑)。また、アメリカにいた頃は高校時代から運転していました。その当時に乗っていたのは、 フォード・マスタングの68年式。で、実は今も探してるんです、程度のいいマスタングを。現在所有しているのは、レンジローバーとメルセデスのSL55で す。ちなみに、これまでにほしいと思ったクルマはすべて手に入れてきたと思いますよ。それほどクルマが大好きなんです。

長期休暇をとれたら

ヨセミテ国立公園でキャンプしてみたい
夜テントで寝ようとすると、静寂の中に、ワイルドアニマルたちの鳴き声が聞こえる……。
子どもの頃、サマーキャンプに行くのが楽しみでした。実は昨年、アメリカ出張の際1日だけスケジュールが空いたので、日帰りですが「ヨセミテ国立公園」に 行くはずだったんです。が、前日に急な仕事が入り断念しました。それもあって、もしも長期の休みが取れたら、アメリカの「ヨセミテ国立公園」か「イエロー ストーン国立公園」でキャンプしてみたい。そして思いっきり、ゆっくりしたいですね(笑)。

体力づくり

ベンチプレスは140キロ上げられます。
週に1度はフィットネスに行きます。ベンチプレスは140キロ上げられます。あとは、深夜1時前に帰宅できれば、3~5キロのジョギングと腹筋をするよう にしています。これは1年ほど前に社内のフェローの健康を考え、一緒に始めたダイエットプラグラムに参加してからの日課です。それもあって、今も私の体脂 肪率は9%台を維持しています。アメリカで一時期はやった言葉で“No Pain, No Gain”(苦しみなくして得るものなし)というものがあります。これを私は、みんなでやれば、“No Fun, No Gain”(楽しさなくして得るものなし)と言い換えています。

素晴らしいスペシャルティコーヒーの味をひとりでも多くの日本人に知ってもらうために

 1992年、米国シアトルに誕生したスペシャルティコーヒーショップ「タリーズコーヒー」。楕円にオレンジとグリーンのストライプのロゴマークを掲げた日 本1号店は、97年8月、東京・銀座のど真ん中にオープンした。そして現在、早くも全国に約300店舗を展開中。この一大チェーンを築き上げた起業家の正 体は……大手資本のバックアップは一切なし、飲食店で働いたのは高校時代のアルバイトのみという元銀行員なのだ。そんな彼が徒手空拳でスタートしたこの挑 戦には、もちろん数多くの高いハードルが待ち受けていた。「食を通じて文化の架け橋になること――」。これが常に彼の“折れない心”を支え続けてきた使命 感だという。今回は、若きベンチャー経営者、フードエックス・グローブの松田公太氏に、起業を志した経緯、大切にしている経営理念、そしてプライベートま で大いに語っていただいた。

<起業という道を選択することになったきっかけ.1>
異文化経験で体得した「食文化」の重要性

 父親の仕事の関係で、7歳からセネガルで、10歳から高校卒業まではアメリカで暮らしました。様々な国へ旅行することも多かったのですが、私はちょっと変 わった子どもで……。フランクフルトに行けばソーセージを食べ、「うまい!」。ドイツ人になりたい。オランダではゴーダチーズにほれ込み、誕生日のプレゼ ントにゴーダチーズをリクエスト。で、オランダ人になりたいと(笑)。「食」っていうのは、その国に親近感を持たせる大切な何かなのだというのは小さな頃 から感じていたんですね。

その一方、セネガルにいた頃、海で父親と取った新鮮な生ウニを食べた時は、現地の人に変な目で見られ、アメリカで刺身を食べていると、「なんで生の魚を食 うんだ。お前らは魚に火も通せないのか?」ってバカにされたりもした。でも、寿司はヘルシーだし、私は本当においしいと思う。この素晴らしい日本の味をア メリカ人に理解してもらうために「全米で展開する寿司チェーンをつくろう!」。そう思ったのが高校時代のこと。「食」で起業しようと思った最初のきっかけ です。

<起業という道を選択することになったきっかけ.2>
日本の素晴らしさを世界に伝えたい

 もうひとつのきっかけは、やはりアメリカで感じたことです。『LIFE』や『TIME』など、現地のメディアで当時の日本人がどう紹介されていたかという と、みんな分厚い黒メガネで、首からカメラをさげて、なぜか出っ歯……算数は得意だけど、スポーツはできない……いわゆるエコノミックアニマル、イエロー モンキー……。日本と日本人が軽視されているわけです。それがすごく悔しくて、私は英語を一所懸命勉強して、スポーツにも精を出してサッカー部ではリー ダー的存在になった。でも、例えばサッカーの試合でヒーローになり私個人が賞賛されたとしてもその場限り。結局、日本人である松田公太ひとりがいくら頑 張っても日本文化への軽視はなかなかなくならない。それで、先ほどの話になるのですが、「食」で起業して日本の素晴らしさを理解してもらうんだと思い至っ たのです。

 起業という過程の中で自分の成長を感じながら、自分が信じたこの思いをどこまで世の中に広められるか挑戦してみよう。これが僕の挑戦の原点ですね。いつか 日本“発”で、“初”のインターナショナルチェーンをつくって、世界中の人たちが子どもの頃の私みたいに、「こんなにおいしいものをつくる日本人はすご い! こんなにおいしいものが食べられるなら日本人になりたい!」と思ってくれる世の中。それができたら初めて、私の挑戦はひとまず達成したと言えるので はないでしょうか。

<タリーズコーヒージャパンの始まり>
7000万円の借金を背負って銀座1号店をスタート

  銀行に勤務していた頃、高校時代の後輩の結婚式に呼ばれボストンへ。そこで初めてスペシャルティコーヒーと出合います。それまでの自分は、コーヒーよりも 紅茶のほうが好きなくらい。でも、このコーヒーの味は素晴らしいと感動。帰国後もその味が忘れられず、再度渡米し、今度はスペシャルティコーヒーの本場で あるシアトルへ。50店以上のコーヒーショップを回り、その中で一番おいしいと感じたのが「タリーズコーヒー」でした。

 そして、シアトルのタリーズ本社あてに何度もメールで日本での出店計画をレポートにして打診。ある日、発展のなさにしびれを切らして本社に電話をかけたと ころ、代表のトム・オキーフ氏が来日し、東京の帝国ホテルに宿泊しているとの情報を知らされます。「思い立ったが吉日」とばかり、すぐさま直談判に向かい ました。なんと突然の訪問にもかかわらず彼は時間を割いてくれ、私はタリーズを日本で成功させるためのプランを情熱いっぱいに2時間かけてホテル地下の寿 司屋でプレゼン。この突撃交渉が奏功しました。そしてその後、数回の交渉を経て、日本での権利獲得が実現したのです。

 それからは資金集めと、物件探しへの奔走が始まります。資金に関しては、親族、友人、知人から3500万円をかき集め、国民生活金融公庫からも3500万 円の借り入れに成功。物件探しもさんざん苦労し、悩みました。が、縁あって奇跡的に東京・銀座4丁目のビル1階と地下1階の元喫茶店の物件を押さえること ができたのです。そして97年8月、タリーズコーヒー日本1号店が開業します。当時、一杯百数十円の格安コーヒーチェーン店が急増する中、一杯300円も するスペシャルティコーヒーの味をひとりでも多くの日本人に知ってもらうために、私の起業への挑戦は幕を切りました。

<タリーズコーヒージャパン成長の秘密.1>
スタートアップ時は率先垂範でトップダウンマネジメント

  1号店では、自分が店に立って朝7時から夜の11時までバリスタとしてコーヒーをつくり続け、夜は店の床に寝袋を敷いて寝ることもざらでした。確かに体力 的にはきつかったですが、精神的にはそうでもなかったです。経営が厳しくなれば、自分ひとりで店を切り盛りすることで何とかなると考えていましたし、最悪 事業がダメになったとしても、コンビニで1日10時間35年間働けば借金は返せると計算していましたから(苦笑)。

 やはりフェロー(タリーズでは役員も社員もアルバイトもこう呼ばれる)と一緒に、店を立ち上げていく過程がとても楽しかった。なぜ自分はタリーズを始めた のか、目指しているビジョンなどを毎日語り続け、逆に彼・彼女たちの私生活が見えるくらいまで何度も何度もコミュニケーションしました。お互いのビジョン を共有し、経営者として自分の仕事をすべて見せながら指導していくわけです。それらができて初めてフェローたちは共鳴してくれ、ここで働いている時間が楽 しくなり、頑張ろうという気になる。事業のスタートアップ期には、率先垂範のトップダウンマネジメントが絶対に必要。そして、経営者の事業にかける情熱が とても大切なのです。

 しかし今では、フェローも社員で350名、アルバイトで4000名を超え、各セクションリーダーにどんどん権限委譲を しています。おかげさまで、タリーズコーヒーは、自動車のショールーム、証券会社、携帯電話ショップ、書店、そして病院など、異業種とのシナジー店舗戦略 も順調に機能し、現在全国に300店舗近くを擁するまでに成長しました。

 しかし、すべてが順調なわけではなく、反省もありました。「クーツグリーンティー」 という新業態の緑茶専門店は、現在9店舗を展開していますが、最初から多くの中間管理職をつくり権限委譲をしすぎた。これは、大きな会社の一プロジェクト にありがちな失敗と同じです。「クーツグリーンティー」は、小さな会社の一大プロジェクトとして始めるべきだったのです。だから、昨年から私が社長兼本部 長となって体制変更をしています。

夢さえあれば、その目的や目標となる事業アイデアは、より見つけやすくなる

<タリーズコーヒージャパン成長の秘密.2>
上場によりひとつの目標は達成。上場継続よりも大切にしたかったこと

  銀行員時代、簡単に自己破産する人を数多く見てきました。それはちょっと違うんじゃないか? そんな疑問を感じていました。私は仁義を重んじる、義理堅い性格なのです。だから、常に自分が始めたことの責任は取るべきものと思っています。

 フードエックス・グローブは04年1月、ヘラクレス市場での上場を廃止しました。業績好調な企業が、親会社の意向や企業組織再編以外の理由で非上場化に踏み切るケースは初めてだと言われています。

  しかし、私はどうしても米国のタリーズ本社の累積赤字が膨らみ、経営危機を迎えた時、買収して立て直しを図りたかった。しかし、上場企業が赤字企業を買収 するとなると、連結決算上大きなマイナスとなります。しかし、上場継続が目的ではなく、長期的経営戦略の上でもっと大切にしたいことがあると考えたので す。

 私はよく、夢と目標の話をします。当社の夢は「食文化を通じ て世界中の国々がお互いを理解し、尊重し、そしてひとつになる」ことです。その夢に近づくための手段として、フードエックス・グローブは上場し、確かにタ リーズの多店舗化のスピードは格段にアップしました。ひとつの目標は達成できたということです。

  上場による信用で、創業当初に苦労した出店場所探しも難しくなくなり、フランチャイズ加盟の応募も格段に増加。16万円で上場した株価は上場廃止時50万 円に上がっている。これなら誰にも迷惑をかけることはないと自分で判断し、非上場化することにしました。仮にですが、株価が上場時の16万円よりも下がっ ていたら、非上場化はしていなかったと思います。なぜなら、株主の方に迷惑をかけてしまうからです。

 この私の決断は、各方面から様々な憶測を呼びましたが、その後も経営自体は全くの順調。逆に、これまで以上に社長としての私の経営判断は、事業戦略にスピードを持って生かせるようになりました。

<事業アイデアの見つけ方.1>
本当にいいもの、面白いものは、驚きをもって迎えられる

 タリーズを始める前、私は貿易会社を一つ立ち上げています。銀行という看板がなくなった自分の営業力を試 してみたかったのです。当時扱った商品として思い出深いのが「コオロギチョコ」。ドイツのフランクフルトで開催されていたペットショーに訪れた際、ある ブースの担当者と話が盛り上がり、乾燥コオロギを100%ナチュラルチョコレートに入れた食品がつくれることを知ったのです。早速、商品をオーダーし輸 入。国内の小売店に営業し、キディランドで販売させてもらうことに。結果は予想以上で、200万円以上の利益を出すことができました。

  本当にいいもの、面白いものは、驚きをもって迎えられます。中学時代、アメリカで日本のアニメを友人に紹介した時もそうでした。アメリカでは小学生向けの アニメは豊富ですが、中学生以上が見て楽しめるアニメがなかった。機動戦士ガンダムや宇宙戦艦ヤマトなどのアニメや漫画を同時通訳して見せてあげると、 「こんなに面白いものが日本にはあるんだ!」と驚かれた。当時付き合ってた彼女も日本が大好きになり「いつか日本に行ってみたい」となる。ある国のひとつ の文化を気に入ると、もっとその国のことが知りたくなるんですね。

  この方面でも日本文化の架け橋となるような事業ができそうだと考えましたが、やはり「食文化」で日本をよく知ってもらいたいと思ったのが「全米寿司チェー ン」の発想です。マンガやアニメはすぐに素晴らしいと思ってもらえますが、生の魚を食べる寿司はアメリカ人にとっては気持ち悪い。だったら難しいほうに挑 戦しようと考えたのです。

<事業アイデアの見つけ方.2>
「食文化」は他の国へ広がれば広がるほど進化する

  今は、アメリカ生まれのスペシャルティコーヒーという食文化を日本に伝える仕事をしていますが、実はその コーヒー豆の原産地はエチオピア。コーヒー豆は世界に広がり、イタリアでエスプレッソが生まれた。その後、エスプレッソがシアトルに渡り、スペシャルティ コーヒーが生まれます。そして、それを私が日本に紹介して、味や商品ラインナップを進化させている。「食文化」は他の国へ広がれば広がるほど進化するので す。

 ちなみに、緑茶はもともと中国の飲み物でしたが、日本に緑茶が伝来し抹茶文化が生まれました。でも、今や日本の緑茶文化の方が優れていると思います。この緑茶を進化させて国内、そして海外へ日本文化として発信していくのが当社の「クーツグリーンティー」なのです。

  話は少しそれますが、韓国のドラマや映画が日本でブームとなり、日本人が韓国へどんどん旅行するようになった。また、日本生まれの格闘技「K-1」がアメ リカで非常に人気を博している。素晴らしいことだと思います。本当に面白い、良い文化は国境を簡単に越えてしまうということです。

 繰り返しになりますが、私の夢は「食を通じて文化の架け橋になること」。夢さえあれば、その目的や目標となる事業アイデアは、より見つかりやすくなると思います。

<これから起業を目指す人たちへのメッセージ>
目的と目標をじっくり考えることが大切です

 目的と目標をじっくり考えましょう。「目的」と「目標」は混同されることも多いのですが、「目的」は人生を通じた夢や使命、それを達成するための“道標”となるのが「目標」です。

  今の仕事や、これからやろうとしているビジネスが、自分の目的に近づけるものなのかどうか、これもじっくり考えてみてください。私の場合はたまたま海外生 活が長かったことがあって、「文化の架け橋になる」という目的が生まれました。そして、スペシャルティコーヒーという食文化を日本に広めるという目標がで きました。しかし、みなさんもこれまで20年、30年の人生を経験しているわけです。その人生の中で、悲しかった体験、楽しかった経験はいくらでもあるは ず。悲しかったあの体験を見返す何かができないだろうか?楽しかった経験を倍増させる仕組みがつくれないだろうか?これは事業アイデアの源にもなります。 そして、それらを実現することが、世の中にとってプラスにならないだろうか?と考えてみて下さい。これが「目的」となります。ひとつひとつの目標を明確に し、それを追い求めることによって、少しでもその「目的」に近づけるように情熱を持って頑張るのです。

  上場して資産家になっていい生活をする。そんな夢では、苦しい局面に出合ったらすぐに挫折してしまいます。やはり、自分のためだけではなく、夢や志という 上位概念が必要です。そのためには、自分のライフスタイル周りで起きている、様々な事象を敏感にキャッチするための感受性がとても大切だと思います。「感 受性深く生きること」。まずはここから始めてみてください。

<了>

取材・文:菊池徳行(アメイジングニッポン)
撮影:松村秀雄

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