第6回 主婦と生活社『LEON』『NIKITA』創刊編集長 岸田 一郎

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執筆者: ドリームゲート事務局

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第6回 主婦と生活社『LEON』『NIKITA』創刊編集長
岸田 一郎 Ichiro Kishida

1951年、大阪府生まれ。日本大学卒業後、一時フリーライターとして活動した後、『BIGMAN』の創刊に参画するために世界文化社に入社。89年に初 めて編集長に任じられて『Begin』を創刊し、大ヒットさせる。世界文化社ではその後も初代編集長として『Car Ex』『Men's Ex』『時計Begin』などの雑誌を立ち上げた。2000年末に、主婦と生活社に移籍。翌年秋に『LEON』を創刊し、男性向けのライフスタイル誌とし ては未曽有のヒット作に育て上げる。04年には女性誌の『NIKITA』も創刊編集長を務めた。現在、株式会社KI&Company(ケイアイ・ アンド・カンパニー)代表取締役社長兼CEOとして 「ジーノ(2007年3月24日創刊予定)」、「@ジーノ」制作総指揮にあたり多忙な日々を送っている。趣味はゴルフ、ロングボードサーフィン、愛犬“ジーノ”との散歩。著書に『LEONの秘密と舞台裏』(ソフトバンク パブリッシング刊)がある。
※記事内容は取材をおこなった2006年02月現在のものです。

ライフスタイル

クルマ

家内とワンコのお出かけ専用っぽくなってきた
メルセデスのワゴン、E320に乗ってたのですが、家内とワンコのお出かけ専用っぽくなってきたので、もう一台。97年型の933型ポルシェ911タルガ を購入しました。必死の思いで低走行の最終型を探したんです。「空冷最終モデル」ですので、値落ちしないですからね。今、もう一台クルマをあげるって言わ れたら、二人乗りのスマートかな。見るからに二台目、三台目のクルマだし、渋滞の多い都内もちょこまか走れるから移動にはもってこいです。パーティなどの 移動でニキータを乗せるときも、「ごめんね。二人乗りなので彼女だけね」なんて、はずし技もできますし(笑)。ものは言いようってことです。

平均的な一日

1日1万歩歩かなければいけないんです。 
7時半に起床。私は糖尿の気があるので、1日1万歩歩かなければいけないんです。だから朝はワンコを連れてゆっくり1時間散歩。これで3500歩は稼ぎま す。朝食をしっかり摂って、始業の10時半頃出社。それから、スタッフたちが取材前に作成するコンテチェック、雑誌になる前の色校チェック、編集会議など をこなします。夕方からはクライアント主催の発表会やパーティに出席。夜はクライアントや仕事仲間と食事。自宅に帰るのはだいたい深夜1時半頃です。就寝 が2時くらいですから、1日の平均睡眠時間は5時間くらいかな。

休日

鹿嶋で仲間と一緒にサーフィンかな。
月8日の休日のうち、半分は休むようにしています。ワンコとのんびり散歩するのがお気に入りの休日の過ごし方です。もしも1週間休みが取れたら、海外もいいんですが、仕事でけっこう行っていますから、鹿嶋で仲間と一緒にサーフィンかな。ワンコも連れて……。

愛犬

名前はジーノ。
イタリアから連れてきたブラッコイタリアーノという犬種で、名前はジーノ。イタリア料理店のスタッフにジーノって名前のヤツがいて、響きがいいのでいただきました。本当は、本名ミケランジェロ、あだ名がミケもいいかなと思ったんだけど、猫みたいだからやめたんです(笑)。

最近はまっているもの

ベストスコアは93です。
ロングボードサーフィンとゴルフです。「サーフ&ターフ」を読者に勧めていますしね。この冬は寒いので、サーフィンするのは月一くらい。千葉か出張に行っ た海外でやってます。昨年から、ゴルフを自分自身の重点項目にしているので、二週間に1回はコースに行きますね。ベストスコアは93です。

自分が信じる、実践型ビジネスを実現するため移籍を決断し、
ライフスタイル誌『LEON』を創刊

 「モテるオヤジの作り方」「ちょい不良(わる)オヤジ」「ちょいムチ」などなど、斬新なタイトルコピーが、日本のモテたいオヤジたちの本音に火をつけた。 2001年9月の創刊以来、モテるオヤジを目指すための実用型参考書として大ヒットしたライフスタイル誌『LEON』。3年後の04年9月には、女性誌 『NIKITA』も創刊し、同じくヒットを続けている。両誌の創刊編集長である岸田一郎氏は、時計、クルマ、ファッションとさまざまなアイテムを扱う雑誌を創 刊し、いくつものブームをつくってきた名物編集者である。これまで手がけたヒット作の裏側には、常に氏が考える独自のビジネス成功戦略が貫かれている。今 回は、カリスマエディターであり、敏腕ビジネスプロデューサーとも評される岸田一郎氏に、青春時代から『LEON』創刊に至るまでの経緯、大切にしている ビジネスセオリー、そしてプライベートまで大いに語っていただいた。

<岸田一郎をつくったルーツ:小中学生時代>
小学生の頃意識し始めた、「自己主張」と「他人との差別化」

 いわゆる「戦後」が終わり、やっと日本も少し豊かになってきた頃。小学生だった私は、鉄工所を営む父親からたくさんのおもちゃを買ってもらっていま した。「僕の電気機関車は10両で信号も付いているけど、友だちのは2両で信号がない」、とか。自転車では、「キミのは3段変速だけど、俺の自転車は10 段変速だゼ」とか。いろんなものを手にするたびに、私はあることを意識し始めます。何かを所有するということは、自己主張をするということ。また、お金で ほしいものを買うということは、自分で楽しむ以外にも、他人と差別化できるという快感があるということです。そんな大人びたことを考える、ちょっとませた 子どもでしたね。  中学ではファッションにはまりました。雑誌を読んで、小遣いをためて、最新トレン ドのアイテムを買うのはいいのですが、すぐに新しいトレンドがやってくる。すると、十分使えるにもかかわらず新しいアイテムを買うためにまたお金を使う。 これを繰り返していくと大事なお金がどんどんなくなっていくので、いったんトレンドを無視することを決め、ブームの真理について自分なりに考えてみまし た。そこでわかったことは、どこかにいる誰かかがトレンドをつくって発信している、トレンドに乗らないとモテなくなる、でも必ず今のブームは終わる、結局 自分はトレンドに踊らされている、ということ。そして、できるなら自分はトレンドをつくって発信する側になりたいと、おぼろげながら考えていました。

<岸田一郎をつくったルーツ:高校・大学時代>
高校時代に実践したビジネスで200万円の利益を挙げる

 高校時代に、あるビジネスを手がけます。硫酸などの化学薬品を扱う際に使用する業務用のガラス瓶がありました。周りは竹を編んだかごのようなもので くるまれていて、瓶を磨くとピカピカのリンゴのようでとてもきれいなんです。これを当時の彼女に見せたら、一輪挿しの花瓶として使いたいという。これはい けると、1個100円で仕入れたこの瓶を雑貨屋に持っていき、委託で販売してもらったらすぐに売れた。それで父親にお金を借りて、鉄工所の倉庫が3分の1 埋まるほど大量の瓶を仕入れ、本格的に営業してみたんです。結果、200万円ほどの利益が残った。すでに売られている商品と同じもので勝負してもしょうが ない。あるガラス瓶の新たな用途を発見し、テスト販売し、リアリティをもって店と消費者に提案できたから、この商売は成功したんです。要は、自分が持って いる戦闘力を客観的に分析した上で勝負したということ。これは、今も私が雑誌づくりをする際の考え方のひとつです。

  父親の鉄工所を継ぐべく、関西の大学に行くことを期待されていたのですが、私は東京の大学へ進学します。姉の旦那が出版社に勤務していて、仕事内容を聞く とカッコイイわけです。それが最大の理由。東京にさしたる憧れがあったわけではなく、ただただマスコミに憧れて。当時は免許を取ったばかりで、父親から、 地元に残ったらフォルクスワーゲンのビートルを買ってやるって引き止められましたが、なんとか振り切りました(笑)。

  大学進学後、周りの大学生の多くは麻雀に興じてましたが、私はいっさいやらず、サーフィンにディスコ、ナンパと、そんな遊びをしてました。あとは、出版社 でのアルバイト。その頃から、ファッション誌やクルマ雑誌でライターとして記事を書いていて、けっこう収入もありました。その延長線上で、大学卒業後はフ リーライターとして活動することに。出版という仕事の基礎は、このフリー時代に一とおり学んだと思います。

<岸田一郎をつくったルーツ:世界文化社時代.1>
出版社での編集者人生の幕開け。株投資本がスマッシュヒット!

  27歳の頃、婦人向け高級ライフスタイル誌として有名な『家庭画報』などの雑誌を出版している世界文化社が、『BIGMAN』という会社として初の メンズ誌を創刊することになり、「スタッフとして参加しないか」と誘われます。新雑誌の創刊に携わるのも得がたい経験だと考え、フリーライターを辞め、世 界文化社へ入社することにしました。

 ペーペーの編集者を数年続け、時は1980年代へ。日本はバブ ルに突入し、株取引ブームが訪れます。『BIGMAN』で株の記事担当をしていた私は、素人向けの株式投資書籍の編集を任されました。ほかの出版社が出し ている入門書と同じ活字スタイルのものを出してもしょうがないので、よりわかりやすいマンガで全編を構成することに。タイトルは『まんが あなたにもでき る! 20万円からの株投資』。これが見事にヒットします。その余勢をかって、『まんが株四季報』を出版。これは、次の四半期で株価が上昇しそうな推奨銘 柄を15社分集め、その会社の株が上がる理由をマンガでくわしく解説するというもの。これがまたまた大ヒット。そして、当初は1回で完結だった企画が、年4 回の発行となりました。きっと今同じようにつくっても、売れる本だと思っています。

<岸田一郎をつくったルーツ:世界文化社時代.2>
中堅出版社が発行する雑誌が、大手出版社に勝てるためにはどうするべきか

  そんなヒット作を担当した実績が認められてか、若者向けモノカルチャー誌『Begin』の創刊編集長を命ぜられます。実は当時の上司が、「岸田は遊び人だから、あいつに任せてみよう」と言っていたという説もあるのですが(笑)。

当 時、世のほとんどのモノ雑誌は、さまざまなアイテムを羅列する、まるでカタログのような誌面づくりをしていました。そこで私は考えます。中堅出版社が発行する 雑誌が、大手出版社に勝てるためにはどうするべきか。私は、20代の若者男性に向かって、「こうすればもっと楽しいですよ」という提案をすること、各アイ テムの「費用対効果」を明確に打ち出すこと、アイテムをただ紹介するのではなく、他人と差別化するための企画として提案することを雑誌づくりのコンセプト に決めました。そうやってつくられた『Begin』は、狙いとおり多くの読者から支持を獲得します。そして差別化を求める読者たちは、記事で提案したアイテ ムをどんどん購買していく。その結果、出版社も、読者も、広告クライントも喜ぶ雑誌となり、『Begin』は大ヒット作となったのです。

そ の後も世界文化社で、『Car EX』『Men’s EX』『時計Begin』『Activo』などの創刊を手がけます。もちろん勝ち戦ばかりではなく、負け戦もありました。私は、自分が信じる「より成功す る可能性が高いビジネス」を雑誌として表現したかったのですが、会社の「戦略のカラー」により、思いとおりにできなくなることが増えてきた。そんな時、私に 声をかけてくれたのが、主婦と生活社です。広告収入を稼げるメンズ雑誌を立ち上げたいといいます。かなり悩みましたが、自分の信じる雑誌づくりが思い切り できる環境を求めて、心機一転、移籍する決断をしたのです。

狙いとおりの読者を獲得し、権威雑誌としてのブランドを確立。『LEON』ブームはこれからも続く

<新天地「主婦と生活社」へ。新たなる挑戦>
2001年9月、『LEON』の創刊。4号目の「モテるオヤジの作り方」完売!

 

 『LEON』をつくる時に考えたのは、「狙ったターゲットに対して、あくまで実用的なライフスタイル誌にする」ということ。そしてターゲットは、 可処分所得の高い40代から50代のミドルエイジ、それも年収2000万円という高額所得者に設定しました。彼らは、戦後に生まれ、お金を使ってモノを手 に入れ、その結果として他人との差別化や自己表現をすることに慣れている世代です。この層に向けたメンズ誌は当時もありましたが、それらの雑誌が展開して いた企画は「その道」を究めることを目的としたものばかり。「クラシコイタリアの真髄」や「クルマを究める」などのタイトルがつけられ、伝統や格式に性能 と、いわゆる「オタク」っぽい話に終始する記事なわけです。当該アイテムのマニアは別として、一般読者はもうそれに飽き飽きしている。なぜならその手の雑 誌はあまり売れていないから。だから『LEON』は、紹介するアイテムの詳しいうんちくではなく、「これを使うといいですよ、素敵な自己表現ができます よ、異性に好印象をもたれますよ」、といった提案をしていく。普通よりも2桁高いラグジュアリーアイテムを購入する人たちのモチベーションはなんなのか。 それはきっと、男性であれば「女性にモテたい」ということにほかならない。ならば徹底的にそのための実用情報にこだわろう。そう信じて、2001年9月、 『LEON』を創刊したのです。

 実は『LEON』の創刊前、ラグジュアリーアイテムを扱う雑誌で、「オヤ ジ」「モテる」という表現は禁句だった。「うちの商品をなに、オヤジに? モテるからオヤジに着せる? ありえない!」と多くのクライアントは考えていま した。今でこそ、「オヤジ」「モテる」という表現を使っていますが、創刊当初からデリケートに準備をしながら、4号目で勝負をしたんです。それが「モテる オヤジの作り方」。この号は完売し、実際紹介されているクライアントの商品を購入する読者がたくさん現れてきました。その後も『LEON』が取り上げた商 品に対する問い合わせがクライアントに殺到し、商品が完売するといった現象が頻繁に起きるようになった。そうやって、『LEON』はクライアントから無視 できない雑誌としての地位を獲得したのです。 

<『LEON』が大ヒットした秘密>実用的ライフスタイル誌というコンセプトをぶらさない

 よく「広告に依拠した雑誌」と揶揄されるのですが、そこには誤解があります。クライアントにおもねっているだけでは継続して広告は集まりません。 『LEON』にレスポンス力のある読者がついていて、我々の編集企画という「見立て」によって、彼らが実際に購買行動を起こすからこそ、クライアントは広 告を出したいと思うのです。ある爆発的な人気を博したラグジュアリーアイテムがあります。今ではこの商品の情報は、いろんな雑誌、インターネットで星の数 ほど紹介されています。でもそれは過去、影響力のある誰かが「この商品はいい」とリコメンドしたからにほかなりません。『LEON』の戦略もそれと同じ。 ラグジュアリーアイテムを購入するだろう読者に対して、いかに影響力、権威を持たせていくかにあるのです。

  要は読者に対する説得力。例えば、「これからは紺のピンストライプのスーツがモテますよ」と、影響力ある『LEON』が提案するからどっと売れる。実は、 そこにロジカルな根拠や正解はない。ブームをつくる時には、読者を導くといった力技も必要なのです。影響力や説得力をもったブランド雑誌として育てるため にさまざまな挑戦をしてきましたが、一番大切なことは実用書であるというコンセプトをぶらさないということ。最近もある方から「LEONに欠けているものがあ ります。それはカルチャーです」と言われたのですが、はなからそんな企画を入れるつもりは全くないのです。『LEON』の読者は、経済力も知識も教養もあ る人たち。彼らがあるカルチャーを知りたいなら、お金を出してほかのアカデミックな書籍を買って読むとか、学校に行くとか、いくらでもほかのやり方があ る。そもそも読者は『LEON』を始めとするライフスタイル誌に、そんなありていのカルチャー情報や経済情報など求めていませんし、そこにはクライアント が存在しません。ですから『LEON』は、無駄な情報を極力排除し、「お金さえあればあなたに似合うファッションやアクティビティを教えてあげます」に徹 底的にこだわるのです。

<ブームはいかにしてつくられるか>
なんでもミーハーに、片足突っ込んでやってみること

  前の会社でアウトドア誌の創刊を手がけました。私はフライフィッシングが来ると予想し、実際に自分でフライフィッシングを始めることに。英国から ハーディのバカ高いアイテムを取り寄せて、ゴールデンレトリバーを連れて川に行きます。やってみてわかったのですが、フライフィッシングを究めれば究める ほど、川の上流に行くことになります。そうするとまわりに誰もいなくなる。観客がいないのです。ブームにするためにはひけらかし、他人との差別化欲求をく すぐることが必要なのですが、それができない。それで、このアクティビティはブームにはならないということがわかった。実際、フライフィッシングブームは 短命に終わりました。

 ゴルフでもサーフィンでもボーリングでも、いつの時代も誰かがやっています。 それがブームになるのは、本気でやっている誰かの周りにいる、私は浮動票と呼んでいますが、その人たちをいかにその気にさせるか。車でもそうだと思うので すが、信号待ちしていて隣に止まった車より自分の車のほうがカッコイイ、隣の家のクルマはBMWなのでもっといい車を買おう、とか思うでしょう。要はそう いったひけらかしができる差別化意識をくすぐれるものなのかどうかにある。それを見つけるためには、なんでも自分で片足を突っ込んでやってみる。すると やってるうちに飽きてくる。で、次には何がくるか。そうやっていつも次の仕掛けを考えています。だから私は究極のミーハーなんです。

  ブームが来ると感じたアクティビティを仕掛けて、ビジネス的にも成功したのがロングボードサーフィンです。『LEON』で提案したとおり、レンジローバーに 乗ってサーフィンに行き、エルメスのタオルで体を拭く。そういったオヤジたちが増えましたからね。私たちのクライアントの商品も売れたということです。で も、同じことを続けていてもダメですから、次のアクティビティをどんどん提案していかないといけない。なので今はゴルフをフィーチャーしています。 『LEON』のビジネスは、読者にブームを仕掛けて、購買につなげていくこと。そこにあります。ですからゴルフはサーフィンよりも、大きな可能性を秘めた アクティビティだといえますね。

 今後の展開ですが、『LEON』も創刊から5年目に入り、読者の世代交代の時期を迎えました。なので、少し上の年齢層を狙った雑誌と、下の年齢層を狙った雑誌を来年くらいには一気に立ち上げたいと思っています。

<これから起業を目指す人たちへのメッセージ>
会社はすごく貴重な練習の場。そこで成功できないようでは、起業は難しい

 これから起業を目指す人たちに言いたいのは、勢いだけではダメだということ。そうならないためには、まず自らの戦闘力を客観的に分析する。そして、 先行して成功している手段とは異なるオリジナルの戦略を考えることが重要だと思います。この戦略があいまいだと大手に一気にやられかねないですからね。私 の考えるビジネス戦略の根底にあるのは、常にほかがやっていないことをする、です。次に創刊した『NIKITA』も同じなのですが、『LEON』はたくさ んの部数が売れれば儲かるビジネスではありません。定価が780円で、流通の取次ぎコストなどを引くと、1冊売れて510円の儲け。ですが、広告が入りす ぎる(?)と、号によっては650円の制作費がかかるわけです。言ってみれば、刷れば刷るほど損をする雑誌。そこに大手出版社の部数重視の戦略とは違う視 点があります。『LEON』は発行部数約10万部の雑誌ですが、春、秋のファッション月には1号当たり4億円ほどの広告が入る。ターゲット読者にレスポン スしてもらうことで、広告がたくさんの本を生み出す。この仕組みを細かな戦略に落とし、徹底的に描いた戦略とおりにやってきたから、『LEON』は雑誌とし て、ビジネスとして成功したのです。

もしもあなたが会社に勤めているなら、まずはそこで成功するこ と。会社はすごく貴重な練習の場です。僕も昔はそうとうしごかれました。いろんな命題を与えてもらい実践できたおかげで、今の自分があると思っています。 会社員として成功を勝ち取れないようでは、起業しても難しいのではないでしょうか。

そうそう、昨年発売となった、会社員としての勝ち方をくわしく解説した私の拙著、『LEONの秘密と舞台裏』が、多くの起業家の方々に読まれていると聞きます。参考になると思うので、ぜひ、読んでみてください。

<了>

取材・文:菊池徳行(アメイジングニッポン)
撮影:刑部友康

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