家事から生まれた事業アイデア。「正月飾りで日本一」 / (株)飾一

企業紹介

執筆者: ドリームゲート事務局

007主婦から起業というと、最近はめずらしくなくなったが、それが30年前だとどうだろうか。いまでこそ、電化製品の普及や社会的インフラの整備、核家族化がすすんだ結果、主婦の自由になる時間はずいぶんと増えた。でも、30年前に主婦が一念発起して起業するのは 生やさしいことではなかったはず。正月飾りの製作・販売で圧倒的なシェアを誇る飾一の岩宮陽子さんは、まさしく日本の女性が当時置かれた厳しい環境から見 事に起業を果たした一人だ。

 

「当時は4人の子どものほかに義母、祖母、小姑3人、伯父、叔母が同居していたんです。夫と私を入れるとな んと13人家族!家事といっても今とでは比較にならないほど大変でした。経済的にも苦しくて、家計を助けるために家でできる仕事を、それこそ家庭教師から 料理教室、生花教室など、なんでもやりました。当時は家計を助けるのに精一杯で起業なんて考える余裕はありませんでしたよ」

家の中を走り回るほどの忙しい毎日を過ごしていた岩宮さんに転機が訪れたのは、自宅の建て替えの時だった。

「正 月飾りを付けようとしたのですが、しっくりこないんです。それまでの飾りは引き戸に合ったデザインで、モダンな新居のドアには合わない。それで生花教室で 残った裁ち落としの松を束ねて、白い扇と梅の花を添え小さな正月飾りをつくって飾ってみたんです。するとそれを見た夫が感心してね。『これはいい。ぜひ特 許を取れ』と言い出して…。目利きの夫をもった甲斐がありました(笑)」

岩宮さんは新しい水引の特許を出願し取得。相変わらず家事に追われる生活を続けながら見事、起業を果たした。初売りは百貨店。

「水 引で作った正月飾りを松坂屋に置かせていただいて、家族総出で作り1,500個を売り上げました。そのときに買ってくれたお客様が翌年も来てくれて、『こ この飾りは縁起がいい。女房ともよりが戻ったし商売もうまく行き始めたよ』と喜んでくださり、嬉しかったですねぇ。私の作った飾りにみなさんが人生の希望 を託してくださっている。このときですね、本当に飾りで日本一になりたい、と心底思うようになったのは」

そんな気持ちを込めて岩宮さんは社名を「飾一岩宮」と名付けた。家事をこなす一方で精力的な製品開発を続けた。やがて水引のアーティストとして国内外で認められていく。そしてニューヨークで展覧会を開催。これが第二の転機となった。

「従 来の水引素材は色落ちし水にも弱く耐久性が問題でした。で、試行錯誤を繰り返していたある日、たまたま風にあおられてメモ用紙がガラス溶剤の入ったボウル に落ちたんです。すると、紙がどんどん固くなってまるでガラスのように変わっていくではありませんか。『これだ!』ってひらめいて、それが石のように固く て水をはじく『超越紙』の開発につながったのです」

岩宮さんが開発した『超越紙』は、エコ対応材料として紙にとどまらず、布、木材、金属、高機能繊維などの素材に多様な機能を発揮するまでになった。

「私、 太宰治の『ただ生きるのでなくよく生きることが大事』という言葉が好きなんです。どんな環境でも嘆かず良く生きようと思うこと。本当に起業は川原で凧を揚 げるようなものです。常に足元を地道に見つめ、時代の流れという風に気を配り、ビジョン(凧)を絶対に高く上げるのだという強い思いを持ち続けていく。そ れがいちばん大事」

【岩宮 陽子 氏 プロフィール】

いわみや  ようこ。 1941年神奈川県生まれ。 71年に現代風にアレンジした正月飾り(水引)の製作・販売を個人事業として創業。社名はやがて飾りで日本一なることを目指して「飾一岩宮」と命名。88 年に子育て終了と同時に法人化「(株)飾一」となる。96年には(社)ニュービジネス協議会のアントレプレナー大賞レディース賞受賞。2001年には『超 越紙』の開発で、科学技術振興功績者として文部科学大臣賞を受賞する。

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