第39回 ミュージックセキュリティーズ株式会社 小松真実

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執筆者: ドリームゲート事務局

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第39回
ミュージックセキュリティーズ株式会社 代表取締役
小松真実 Masami Komatsu

1975年、東京都生まれ。小学校からは、神奈川県平塚市へ。小学生時代に、バイオリンとピアノを習い始める。中学から本格的にバンド活動をスタート。国 産ロックから洋楽、そして、ファンク、フュージョン、ジャズへと趣味の範囲は広がっていく。ちなみに、担当パートは一貫してドラムである。高校時代は、ラ イブハウスでの演奏も始めている。この頃、坂本龍一、小林武史など、音楽活動を続けながら、会社も経営するという生き方に興味を覚える。将来の起業に役立 つ勉強ができる大学を探し、多摩大学経営情報学部に進学。バンド活動を続けながら、デモテープをつくり、レーベルへの売り込みも開始。某新規レーベルとの 契約の話が持ち上がるも、会社都合でその話は立ち消えに。この経験から、自分で決めたスタンスで、音楽活動ができる道を真剣に模索し始めた。金融の仕組み を学ぶため、投資信託会社でアルバイトを開始。ここで、アーティストを支援するための「音楽ファンド」のビジネスアイデアを思いつく。大学卒業後、就職を せず、2000年12月に合資会社ミュージックセキュリティーズを設立。2002年、株式会社へ組織変更。2006年7月現在までに、43のファンドを組 成、約100枚のCDをリリースしている。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。

ライフスタイル

好きな食べ物

日本蕎麦ですかね。
今の事務所は丸の内なのですが、以前は神谷町に事務所がありました。その頃は、昼夜問わずお蕎麦屋さんに行っていました。天ざる、鴨南蛮、鴨せいろ……、 日本蕎麦には目がないんですよね。お酒はたしなむ程度ですが、最近は日本酒、特に純米酒に凝っています。日本酒ファンドのお手伝いも始まりそうですから。

趣味

最近のベストムービーは、「ボビー」。 
音楽は仕事になっちゃいましたし。ああ、映画は好きですね。週に1本は映画を観ようと思っています。最近のベストムービーは、アメリカの希望といわれた、 ロバート・F・ケネディ暗殺をテーマにした映画「ボビー」。エミリオ・エステベス監督の作品ですね。これは必見ですよ。でも、ここ数週間はちょっと忙しく てなかなか映画観賞の時間がつくれないんです。

休日

普通の休日を過ごしています。
基本的に休日は、カレンダーどおりに取るようにしています。休みにすることといえば、たまったメールの整理とか、やっぱり仕事しちゃうんですよね(笑)。 あと、予定がなければ、映画観たり、音楽聴いたり、本読んだり。一人暮らしですから、部屋の掃除とか洗濯とか。いたって普通なんですよね。

行ってみたい場所

国内の知らない場所へ。
海外よりも日本。この間、日本酒ファンドの準備がらみで、徳島県に行ったんです。山田錦の田植えを手伝ったのですが、楽しかった。灯台下暗しといいます が、国内には素敵な場所がまだたくさんあるんですよね。沖縄も那覇しか行ったことがないので、離島めぐりとか、したいと思っています。あと、京都とか屋久 島とかもはまってみたい場所ですね。

「音楽ファンド」という新発想が大ブレーク。
ミュージックセキュリティーズ

 1975年、東京都生まれ。小学校からは、神奈川県平塚市へ。小学生時代に、バイオリンとピアノを習い始める。中学から本格的にバンド活動をスタート。国 産ロックから洋楽、そして、ファンク、フュージョン、ジャズへと趣味の範囲は広がっていく。ちなみに、担当パートは一貫してドラムである。高校時代は、ライブハウスでの演奏も始めている。この頃、坂本龍一、小林武史など、音楽活動を続けながら、会社も経営するという生き方に興味を覚える。将来の起業に役立つ勉強ができる大学を探し、多摩大学経営情報学部に進学。バンド活動を続けながら、デモテープをつくり、レーベルへの売り込みも開始。某新規レーベルとの契約の話が持ち上がるも、会社都合でその話は立ち消えに。この経験から、自分で決めたスタンスで、音楽活動ができる道を真剣に模索し始めた。金融の仕組みを学ぶため、投資信託会社でアルバイトを開始。ここで、アーティストを支援するための「音楽ファンド」のビジネスアイデアを思いつく。大学卒業後、就職をせず、2000年12月にミュージックセキュリティーズ合資会社を設立。2002年、株式会社へ組織変更。2006年7月現在までに、43のファンドを組成、約100枚のCDをリリースしている。

<小松真実をつくったルーツ.1>
ロックンロールからジャズ、ファンクまで、多種多様な音楽とたわむれた少年時代

 僕が生まれたのは東京葛飾の立石で、3つ上の兄と、同じく3つ下の妹に挟まれた3人兄妹の次男です。実家は保育園などを経営する自営業でした。今もそうかもしれませんが、当時の立石は家が密集していて、細い道がたくさんあって、近所の人たちとの交流がとても盛んだった記憶があります。小学校に上がるタイミングで、神奈川県の平塚市に引っ越しちゃうんですけどね。

小学生の頃は、それほど活発でもなく、かといって引きこもっていたわけでもなく(笑)。平塚に来てから、自分の生活に音楽が浸透し始めました。最初のきっかけは、両親の勧めでバイオリンを習い始めたことです。その後、ピアノも。そのほかにはまったものといえば、サッカーですかね。当時すごくはやっていた『キャプテン翼』の影響だったと思います。ラジコンカーいじりも好きでしたね。タミヤの。

中学に入ると、ロックに走るようになります。最初は日本のバンド。当時すごくはやっていたBOØWYとかバービーボーイズとか。その後、だんだん洋楽に移行して、中学2年の頃からは、LAメタルのメタリカとかガンズ&ローゼズとか。いまだに聴いていますが、やはりかっこいいですよね。それから、自分たちでもバンドを組むようになりました。僕のパートはドラム。家にもドラムセットがあったので。そうそう平塚って海が近いでしょう。夏になると市が主催する音楽イベントがありまして。ビーチに特設されたイベント会場でライブが行われていたんですよ。僕たちのバンドもオーディションを受けて、そこで演奏させてもらったりしました。

ロックも好きだったのですが、だんだんテクニシャン系に傾倒していって。ご存じないかもしれませんが、デイブ・ウェックルとかデニス・チェンバースとか。ピアニスト、チック・コリアや、ギタリスト、ジョン・スコフィールドとよく一緒に演っていたドラマーが大好きでしたね。その影響もあって、ジャズフュージョン、ソウルやファンクも聴くようになりました。周りにはそんな音楽を好きな人なんていなかったんですけどね。国産ロック、洋楽と来て、だんだん原点を探して難解なジャズとかに遡っていくんですよね。あ、あとバレー部にも3年間所属していましたよ。そんなに強くなかったですから、ゆる~い感じでした。海が近かったので、「ビーチバレーをがんがんやろうぜ!」みたいな(笑)。

<小松真実をつくったルーツ.2>
いつかのデビューを目指して音楽活動に熱中。一方で、経営者への道も模索し始める

 高校進学後も相変わらずなのですが、ひたすら音楽三昧の日々です。この頃から自分で作曲も手がけるようになりましたね。それに友人が詩をつけて。自分で曲をつくるようになると、少しずつ機材をそろえてデモテープをつくったり。マルチトラックレコーダーなんて持ってないですから、ラジカセ2台を使って録音して、その音源を後で編集するとかコツコツやっていました。当時も演奏するのはロックが多かったですよ。ビーチでのライブイベントにも参加していましたが、高校の頃はすでに街のライブハウスで演奏していましたね。平塚とか横浜とか、けっこう回りました。そんなに人気があったわけではないですが、高校生バンドにしては頑張っていたほうじゃないでしょうか。あとはバイトも少々。コンサート会場の設置とか、ケンタッキーフライドチキンのスタッフとか。

  坂本龍一さんとか、小林武史さんとかが好きだったんですよ。何かに振り回されるわけではなく、しっかり自分の意志を持って音楽活動を続けているという意味で。ただ売れればいいというアーティストが多い中で、彼らのその生き方がすごくかっこよかった。お二人とも自分で会社を経営しているでしょう。音楽活動を続けながらも、いつか自分も会社をつくって経営者になろう。高校の頃から、そんな考えを持っていました。

 将来、自分で起業するならどこの大学がいいのか? 調べていくと、多摩大学が面白そうでした。ベンチャー起業や経営などの講義が充実していましたし、また、コンピュータを使ったIT教育にも力を入れていましたから。それで多摩大学を受験して、経営情報学部に入学したのです。もちろん大学時代もバンド活動を続けていました。あ、音楽の話ばかりしていますね(笑)。

 もっと幅広い視野を持とうと、2年次から1年間、多摩大学からの紹介で、インターン活動をしています。マイクロソフト社の社長室調査課という部署で、同社が日本に投入する新しい商品の調査業務を主にお手伝いさせていただきました。ちょうどMSNが日本展開を始めた頃で、ニフティサーブとどう戦うか、また、ワードは一太郎のシェアをどのように獲得していくかなど、たくさんの面白い仕事に関わることができました。

<ビジネスアイデアが生まれるきっかけ>
投資信託会社でアルバイトをしたことで、「音楽ファンド」のアイデアが生まれた

  音楽のほうはですね、今考えればなんですが、もう少し頑張ればもっといけたのかなという感はありますね。この頃は、パソコンを使って自分で曲をつくり、レコードレーベルやマネジメント会社に積極的に売り込んでいました。それで、ある新しいレーベルが立ち上がることなって、その担当の方がとてもいい人で、僕もそこで一緒にやってみたいと思っていたのです。しかし結局、向こうの会社都合で、そのレーベルがうまくいかなくなって。ああ、このまま相手の都合で自分の方向性が左右される立ち位置は面白くないなと。

 1990年代後半はインターネットが一気に普及し始めた頃で、新しいITビジネスがどんどん誕生していました。これまでと同じような音楽活動だけではなく、インターネットを活用した別のやり方、自分でビジネスを起業する道はないか。自分の意志で方向性を決めていくことができる方法はないか。そんなことを真剣に考えるようになっていきました。

 卒業しても就職するつもりは全くなく、漠然とですが、インターネットと音楽を結びつけたビジネスってできないか考えていたのです。でも、金融の世界を僕は知りませんでしたので、ちょっとのぞいてみようと。卒業する年の1年間を使って、ある投資信託会社でアルバイトをしたんですよ。給料も良かったですしね(笑)。ここでは、ファンドマネジャー、マーケッター、アナリストの方などのアシスタントをさせていただきました。大型株中心、中・小型株中心、新規上場企業中心など、証券会社で販売するためのさまざまなファンドの内容を顧客に説明するための資料づくりが主な仕事でしたね。

 この仕事をする中で、インターネットと音楽にファンドのスキームを組み合わせたビジネスを思いつくんですよ。これが「音楽ファンド」。まだ無名だけど、実力あるアーティストのデビューを支援するために、ネットを使って投資家から出資を募ろうというビジネスモデルです。そして事業計画をつくって、バイト先のファンドのプロである方々に見てもらった。いろいろなアドバイスもいただきましたが、「やりたいのならやってみれば」と。その言葉に背中を押されて、2000年3月に多摩大学を卒業し、本格的な起業準備を始めるのです。

<ミュージックセキュリティーズ始動>
すべて徒手空拳でのスタート。飛び込み営業も当たり前!

 著作権やファンド組成などの法的な勉強、会社設立手続き、契約書づくり、参加アーティストの発掘活動など、準備期間は本当に大変でしたよ。で、2000年12月に、合資会社としてミュージックセキュリティーズを設立。知人の事務所に間借りして、資本金50万円と、ノートパソコン1台だけのスタートでした。ファンド1号案件は、大学時代のライブ活動で知り合って実力を認めていた、袖山咲(SAKI)というアーティストに協力を取り付けて決定。そうそう、音源づくりに関してなのですが、大学時代に立ち消えになってしまったレーベルの担当者にお願いしました。意気投合していた方だったので、一緒に仕事ができることになり、とてもうれしかったですね。

 CDのプレス業者はネットや電話帳で探して電話をかけて相談しました。社会人経験のない23歳の若造ですし、相場もわからない。何度も断られながら、何とか引き受けている業者を見つけることができました。しかし一番大変だったのは、やはり流通です。アカウントがないわけですから。CDショップを毎日回って納品する物流会社は、大手レコード出版社が出資している大手2社しか存在していませんでした。そこで何とかインディーズ系の流通会社と契約し、アカウントを獲得。10枚とか20枚とかある程度まとまった数の注文が入ったら、宅配便を使って納品をする。そんなスタイルでした。その後、ソニーミュージックさんと提携させていただきましたが、創業当時は流通開拓に一番時間を割いたと思います。

 ファンドの募集は、できるだけ気軽に参加していただけるよう、1口1万円からの募集としました。これは今も変わりません。そして、2001年1月よりSAKIのファンド募集を開始。基本はネットでの受付ですが、それだけでは厳しいので、SAKIのライブイベント会場で来場者に説明したり。5カ月を要しましたが、総額86万円の制作費を集めることに成功し、第1号案件のCD出版が決定します。しかし、CDをつくるだけでは当然だめで、販売できなければ意味がありません。これがまた大変だったんです。

アーティスト、投資家、そして自社のすべてがハッピー。
このビジネスモデルを武器に他分野への進出も開始!

<人との出会いが、さらなる出会いを呼び込む>
紹介されたヒップホップアーティストの、スマッシュヒットは、なんと2万5000枚!

 宣伝費が捻出できませんから、SAKIのライブ会場で手売りしたり。東名阪のCDショップを飛び込みで回って、CDを聴いてもらって、注文を取り付けたり。多分、数百のショップを訪れたはずです。この営業活動は今も変わらず続けていますよ。その頑張りが実を結びました。発売後1年間で1323枚のシングルCDが売れまして、投資家の方々に13.31%の配当をお付けして償還することができたのです。自分が思い描いていた、アーティスト支援の仕組みがひとつかたちになった。投資家の方々にも、よろこんでもらうことができた。ほっとすると同時に、すごくうれしかったことを覚えています。

第1号案件の成功が、日経産業新聞などさまざまなメディアに取り上げられたことで、ミュージックセキュリティーズの「音楽ファンド」が少しずつ知られるようになり、興味を持つ投資家も増えていったのです。PRの重要性を痛感しましたよ。ちなみに第16号案件の來々(ライライ)というアーティストのCDも売れに売れまして、投資家の方々に32.87%という高配当をお返しすることができました。また、当社はコミュニティリターンと呼んでいるのですが、出資者のお名前をCDのクレジットにお入れしたり、アーティストからのお礼コメントをお届けしたり、ライブへの招待など、金銭面以外のリターンがあることも「音楽ファンド」の特徴です。

2001年11月、ミュージックセキュリティーズは合資会社から有限会社に組織変更し、Webサイトをそれまで以上にしっかりつくりこみます。この頃、創業時に間借りしていた事務所の方から、ある大手レーベルの担当者を紹介いただきました。そしてその方からレーベルが抱えていた、名古屋のM.O.S.A.D.というヒップホップアーティストを紹介されたのです。M.O.S.A.D.はちょっと売り方が難しいと思われていたようで、ならばと当社が支援をさせていただくことに。これが予想を超えて売れたんですよ。

枚数でいうと2万5000枚くらい。大手レーベルでもスマッシュヒットレベルですよね。この成功に関しては要因がふたつあります。まず、モサドには地元名古屋にたくさんの熱い固定ファンがついていたこと。もうひとつは、インディーズレーベル専門の流通会社ダイキサウンドさんとの提携です。当時は多くのインディーズレーベルがダイキサウンドさんのアカウントを開設するために列をなしているような状況でした。大学時代にアルバイトをしていた投資信託会社の方から、大手プロダクション・アミューズの山本社長を紹介いただき、そのお口添えでダイキサウンドさんと提携できたのです。思い返せば、過去にお知り合いになった方々とのご縁を大切にしながら、当社は成長してきたんですよね。

<1000万円を超えるファンドも誕生>
アーティスト、投資家、当社の3方すべてが、同等の成果を手にすること。これが信条

 当社のWebサイトで会員登録していただき、ログインすれば、アーティストの曲が試聴でき、当該アーティストのCDが1枚売れたとして、アーティスト、当社、投資家の取り分が何%なのかがすぐにわかるようになっています。「音楽ファンド」を継続させていくうえで一番大切にしているのは、元本割れしないような投資効率の計算と、アーティスト、投資家、当社の3方すべてが幸せになるためのレベニューシェアの設定です。これが当社最大の強みであり、最強のノウハウであると考えています。そこをぶらさないために、当社ではアーティスト部門と、ファンド部門を別に設け、双方の合議によってファンド規模、アーティストごとのプロモーション戦略を決定しているのです。

 2005年3月に、Webサイトをさらにリニューアルし、ブラッシュアップしました。それまで、投資家との契約書締結などのやり取りを紙ベースで行っていましたが、リニューアルを機に、すべての手続きがオンライン上で完了できるように。また、出資後、マイページを見れば、当該アーティストのCDの売れ行き状況、現状の利回り率などもわかります。イーバンク銀行さんのシステムを使わせていただき、投資資金の引き落とし、配当の振込みなども電子決済できるようになりました。このリニューアルにより、飛躍的に投資家の数が増えましたね。現在、投資家会員は2万人を超えています。このユーザビリティ向上の仕組みは、今も日々、どんどんブラッシュアップを続けています。

 モサド以降、1万枚を超えるアーティストでいえば、AK69(エーケーシックスティナイン)というヒップホップアーティストがいます。これも名古屋なんですよ。AK69は1000万円を超える出資を集めて、コンスタントに1万枚以上の販売を続けています。また、当社からデビューしてメジャーレーベルに巣立っていくアーティストも生まれ始めました。ソニーミュージックに移籍したKANON、EMIに移籍した奥村愛子などがそうですね。これにより、「自分たちもそうなりたい」というアーティストからのアプローチが増えています。この事業における一番大切な軸足はアーティストの支援であると考えていますから、当社からメジャーに移籍していくアーティストが生まれることはとてもうれしいことですよね。

<未来へ~ミュージックセキュリティーズが目指すもの>
音楽系アーティスト支援を続けながら、さまざまなファンドビジネスの支援も

 アジアのレーベルから問い合わせが増えています。モンゴルやオーストラリアのアーティストが当社からCDをリリースしていますし、今後も海外、特にアジアのアーティスト支援には力を注いでいきます。また、テイチクという大手レーベルに所属している7人の女性アーティストのコラボアルバムを当社からリリースさせていただきました。メジャーのアーティストのプロモーションツールとして、当社のビジネスモデルが使われるようになった。いわば、逆輸入。これも新しい展開ですし、面白い取り組みですよね。

 あと、最近一番力を入れているのが、三菱地所さんとの提携による「good music marunouchi」。これは東京「丸の内」から新しい音楽シーン、アーティストを生み出すことを目的とした共同プロジェクトです。丸ビルの1階の吹き抜け広場を使わせていただき、週1回のペースでライブイベントを開催しています。会場でCD即売も行っていますが、売れ行きはとても好調ですね。これにより、丸の内に勤務している投資家が急増中です。

 「音楽ファンド」は、個人の小さなお金を集めて、大手にしかできなかったCD出版を可能にしたという意味で、経済の民主化、資本のロングテールを実現したのだと思っています。そういった意味で、当社に集まるお金って個人の思いなんですよね。このアーティストを応援したいという。この仕組みがカッチリとでき上がってきましたので、ASPとしての展開をスタートしました。すでにレストランファンドを運営している会社に当社のシステムを提供していますし、日本酒ファンドももうすぐ立ち上がる予定です。そのほか、映画、ゲームなどさまざまな分野での展開が考えられますが、当社の社名はミュージックセキュリティですから(笑)、音楽系アーティスト支援という立ち位置はメイン業務としてぶらすことなく、ずっと継続させていきます。

 当社は個人的なエンジェル、ベンチャーキャピタルから出資をいただいていますし、現在12人いる当社スタッフも安い給料で頑張って働いてくれています。近い将来、ミュージックセキュリティーズを上場させて、しっかりとした信用を得て、協力してくれたすべての人たちに恩返しがしたいですね。それからさらに大きなステップを目指していくと。僕たちが挑戦できるフィールドは、無尽蔵に広がっていると思っています。

<これから起業を目指す人たちへのメッセージ>
事業をベースに生まれたご縁を大切に。うそをつかず、あきらめず、継続すること

 メッセージさせていただくような柄じゃないんですけど(笑)。僕の場合、好きなことを突き詰めていったらこうなったという感じですし。あと、本当に人に助けられたってことが大きいんですよ。有限会社時代に当社に出資していただいた方も、投資信託会社でアルバイトしていた時のファンドマネジャーからの紹介なんです。ただ、絶対にうそをつかず、協力していただいた方々に迷惑をかけないことを念頭に置いて、事業を継続してきました。ちなみに、これまで100枚のCDをリリースし、43本のファンドを組成しています。現在までに20本の償還が終わっています。(マイナスがないことは、誤解を招かないためにも、あまり強調したくない部分でして、できればあまりまろやかにしていただければ幸いに思ってます)仕事がベースで生まれたご縁を大切にする。これがとても大事なのだと思います。

何だかんだで当社も7期目を迎えています。ご支援いただいている方々も、「小松はあきらめずによくやってんな」と思っているんじゃないでしょうか(笑)。でも、なぜか今年になってすごくチャンスが多いんですよね。三菱地所さんとの提携ですとか。起業って立ち上げることに意義があるのではなく、やはりやり続けること、継続しないと意味がない。やり続ければきっとチャンスと出合えます。だから、どんな困難に遭遇しても継続できることは何か、見つけることですよね。

実際に事業を始めると、理想とかプライドが現実とぶつかって、そのギャップに悩むことがだんだん増えていきます。僕の場合も、アーティストや出資者の方々にご迷惑をかけることもありますが、ひとつずつクリアしていくしかない。やりたいことを実現するために超えねばならないハードルはつきものです。最 後に一言。やりたいことが見つかったなら、ぜひチャレンジしてみてください。僕も投資信託会社でアルバイトしていた時のファンドマネジャーの一言に背中を押されてこの事業を始めましたし(笑)。そして、もしもやりたいことが見つかったなら、ビジョンを声に出してどんどん発信してください。自分から発信しない限り、ビジョンに共感してくれるパートナーは見つかりません。

<了>

取材・文:菊池徳行(アメイジングニッポン)
撮影:内海明啓

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