Vol.1 柚子で売り上げ30億!?観光客も50倍に増えた村!!

地方や地元の資源を活かした地域ブランドの構築
高知の山奥に、元 気な村があります。それは「馬路村」です。馬路村はJRも国道もなく、昔は宅配便も来ない、四国山地の奥にある小さな山村です。人口約1200人の過疎山 村で1981年からゆず加工品の販売を始め、2005年に売り上げ30億円、年間観光客が村民の50倍まで成長しました。

柚子で、売り上げ30億円!

 高知の山奥に、元気な村があります。それは「馬路村」です。馬路村はJRも国道もなく、昔は宅配便もこない、四国山地の奥にある小さな山村です。 人口約1200人の過疎山村で1981年からゆず加工品の販売を始め、2005年に売り上げ30億円、年間観光客が村民の50倍まで成長しました。

  このように書いていると、順調に村おこしが進んでいるように思えますが、実際は苦難の連続でした。これらの、偉業を達成した立役者は東谷 望史氏(馬路村農協代表理事専務)で、約20年に渡って発揮された強いリーダーシップにより、村を引っ張ってきました。

 

人との出会いとアイデアで売れるきっかけ作り

 馬路村では、兼業農家が多いため、専業農家と違い手間をかけられないので、形がよい商品になる柚子がなかなかできなかったため、加工品にして販売 することにしました。そこで担当になったのが東谷氏です。しかし、販売してくれる先がないため、東谷氏は各 種イベントの催事場に参加することから「ゆずのしぼり汁」の販売をスタートしました。当時は、ほとんど売れず赤字の連続でした。そのなかで、馬路村出身者 であった神戸大丸の食品係長の努力により、通行量の多い場所で販売をすることができ、売れるきっかけとなりました。しかし、小さな村を知る人はまだまだ少 なく、全国の催事場を回る日々が続きました。東谷氏は自ら車に荷物を積み、高速道路を運転して運び、夜遅くまで売っていました。

 こうした努力を続けるうちに得たヒントが、通信販売というアイデアでした。そこでまずは、ダイレクトメールを始めてみることに。しかし、当時の馬 路村には宅配便がこなく、安芸市まで片道2時間かけて行き、送っていました。また、請求書には紅葉の葉を同封するなどして、顧客を取り込む 努力を続けました。

 

「ごっくん馬路村」

ゆずおんちゃんポスター そんななか、1987年はゆずが4年に一度の大豊作になり、ゆずの価格が下がってしまいました。馬路村農協も苦戦 苦闘。そこで、東谷氏は一般消費者に販売し、需要を拡大することにしました。東谷氏が苦悩の末、作り上げたのが100円で飲めるゆずドリンク「ごっくん馬 路村」です。しかし、小さい村のため、問屋やビンメーカーなどの協力をえることがないなか、周りの協力を得て製品開発を行い販売にこぎつけました。

  これが予想以上に売れ、5年後には何と400万本(年間)を販売するまでになりました。

 



 
 
 

「馬路村」ブランド化

 東谷氏の個人的努力によって、周囲が感化され、村と農協は協力して、「馬路村」のブランド化を図りました。
 ゆず加工商品に「馬路村」の 特徴を出すため、村の子供やお年寄り、山・川などの自然をパンフレットや情報誌で紹介して「馬路村をまるごと売り込む」(都会に向け、自然や田舎をテーマ にした情報を発信する)ことを、馬路村農業協同組合が中心となり開始しました。また、通販の請求書にDMを同封して、お客様の囲い込みに努力しました。

  この結果、柚子商品の知名度を利用して、各種事業の相乗効果により、6万人の観光人口を実現した。

 1.温泉施設、森林鉄道の復元、材木運搬に利用したインライン(水を動力にしたケーブルカー)の復元などの設備の整備
 2.村案内所「ま かいちょつて屋」、農産物販売所「ゆずの森」などの設置
 3.マラソン大会などのイベントの開催による馬路村訪問の機会の創出

 

ポイントは強いリーダーシップと周囲の協力

ゆず 今回の馬路村の例は、強いリーダーシップと、それを支える周囲の協力が実を結んだ例だと思います。赤字でも続けさせた馬路村農協理事 長の勇気、村として支援した村長、苦労と未知の分野に挑んだ農協職員仲間、暖かく見守り、影で協力した村民の皆さんがいたから、東谷氏が力を発揮できたと 考えられます。

 
 
 
 

参考資料

馬路村産業建設課
Tel: 08874-4-2111
http://www.inforyoma.or.jp/umaji/index.html 馬路村農業協同組合
Tel: 08874-4-2211
http://www.yuzu.or.jp/