株式会社ガリバーインターナショナル代表取締役社長 羽鳥兼市 後編2
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2008-01-08 20:38
株式会社ガリバーインターナショナル代表取締役社長 羽鳥兼市氏のビジネスからプライベートに至るまでのインタビューです。起業したい方、経営者には必見です。
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ガリバーインターナショナル創業当初に打ち立てた、5年後に500店舗の目標を1999年にクリアし、現在は店舗数の増加よりも、小さめの店舗の事業拡大に注力しています。そして、会社として2000年12月に東証2部市場に上場、2003年8月には東証1部市場に上場。そして、現在の当社取り扱い台数は約28万台ですが、2011年までに50万台、最終的には100万台を取り扱うことが当面の目標ですね。また、買取事業だけにとどまらず、販売事業、オークション事業に加え、輸送事業や金融事業などの子会社も設立し、「クルマのこと」に関する幅広い取り組みに挑戦し続けています。
日本国内には約7900万台の車が走っていますが、アメリカは2億台といわれています。当然、目指すは世界市場ですから、その先鞭として、2004年11月からアメリカへの進出を始めました。ロスアンジェルス、サンフランシスコはすでに日本並みの業績を上げており、今年度内にニューヨーク拠点も立ち上げる計画です。そして、フランチャイズシステムを活用しながら、1000店舗への挑戦を始めます。その後は、中国、インドなどの新興国への進出も計画していますが、まだまだ規制が多いですから。アメリカでの目標が達成した頃には、その規制も緩和され、一気に攻めることができると予想しています。
これらは事業としての目標。あともうひとつは、社員の生活を豊かにすることです。2006年の2月、東京本社を丸の内の東京ビルディングに移転しました。2フロアを借りたのですが、中央にどうしても大理石の階段をつくりたかったんです。もう設計は終わっていましたが、ビルオーナーがその願いを聞き届けてくれまして、実現。社員たちにかっこよく仕事してもらいたかったんですよ。颯爽とね(笑)。あとはその昔、池田隼人首相が「所得倍増計画」を発表し、7年間で達成にこぎつけました。当社はたかが社員数2000人の会社です。できないわけはないですよ。だから2011年までに、社員の平均年収を1000万円にもっていこうとみんなにはっぱをかけています。給料はもらうものではなくて、自ら勝ち取るものだと(笑)。それが実現できる日が、今から待ち遠しいですね。
夢やゴール、起業は継続が大前提ですから通過点でもいいのですが、明確なイメージは持っていますか。起業とは命を賭した、自分との戦いの連続です。あなたが思い描くそのイメージを実現するために、命をかける覚悟がないなら、起業するべきではありません。私は、この事業をかたちにするために、一瞬一瞬を大切に、そして命がけで挑戦し続けていますから。もうひとつ、強い夢は必ず実現するということもお伝えしておきたいです。
私は現在67歳ですが、2年前、ロサンジェルスからニューヨークのセントラルパークまでの4300kmを119日間かけて走破するという挑戦を成し遂げました。過去、3000人以上がトライして、28名しか成功していいないという、いわば荒行ですね(笑)。私の成功が最高齢だと聞いています。毎日毎日43km走り続けるわけですから、本当に大変です。ロッキー山脈は標高3600m。サポートスタッフのスクーターも点火できず走れなくなる中を黙々と走り続ける。カンザスを過ぎ、1500kmを超えた辺りから、もう、頑張るという感覚ではなくなるんですよ。その後は、すべて感謝。砂利道でも、この道をつくってくれた人に感謝。雨が降っても、暑い日でも、自分が走らせてもらうことに感謝。感謝の気持ちだけが、自分を前に進めてくれたのです。
仕事も全く同じこと。周囲への感謝の念なくしては、続けられるわけがありません。そして、命を賭けて成し遂げるという思い。やけどするくらいなら止めておこうなんて考えでは、何事もうまくいかないのです。もうひとつは強いイメージ。ゴールするニューヨークのレストランで真っ白のタキシードを着て、お祝いの食事会をすることを決めていました(笑)。
繰り返しになりますが、強い夢を持って、命がけでその夢を育てること。そして日々、感謝の念を忘れなければ、夢は必ず叶います。応援者が必ず現れますから。今の私個人的な夢ですか? 1年半かけて1万9000km、ロンドンからユーラシア大陸を経由して、東京までを走破することです。70歳でもまだまだ元気に生きられることを実証したい。そもそも私は最低でも120歳まで生きるつもりですから(笑)。
取材・文:●菊池徳行(アメイジングニッポン)
撮影:●刑部友康 |
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