

1990年に、ラジオ局NBC長崎放送さんが、ラジオショッピングの番組をスタートさせました。私もこの企画に応募しまして、コンパクトカメラを販売させてもらったのです。これが通信販売に進出するきっかけです。そのとき5分間しゃべっただけで、50台も売れましてね。でも、当時この番組は年に2回しか放送されていませんでした。現在では、全国のラジオで通販番組が毎日放送されていますが、当時は2回で十分という認識。しかし私は、多くのお客様が喜んでくれるサービスなのだから、もっと頻度を上げるべきであると考えたのです。そして、九州や沖縄から始めて、全国のラジオ局へ「ラジオショッピングをやらせてください」とお願いにあがりました。そうやって、年1回だった通販番組を月に1回に、週に1回を週に2回と、放送枠を少しずつ広げていただきながら、約1年をかけて、北は北海道から南は沖縄まで、全国のラジオ局でのネットワークを構築していったのです。
テレビショッピングに進出したのは1994年です。ラジオ局の全国ネットワークを構築したノウハウを無駄にしないため、ルック21企画という会社を設立し、事務所を東京・銀座に置きました。近くには広告代理店最大手の電通さんがあって、銀座周辺には地方テレビ局の東京支社が集まっているんですよ。営業効率を高めるための戦略ですね。ラジオショッピングの実績をもって営業に回り、最初は6局のテレビ局で週3回、深夜30分の番組として「ジャパネットたかたテレビショッピング」がスタートしました。
当初は東京や福岡、長崎の制作会社に番組づくりを依頼していたんです。しかし、1回当たり、1000万円ほどの制作コストがかかるうえに、完パケまでにすごい時間がかかる。また、外部会社にはうまく私たちのつくりたいものが伝わらないというジレンマもありました。ならば、ハウスエージェンシーをもって、自分たちで番組づくりをしたほうが良いという結論を出し、自社制作体制に切り替えたのです。そこからは一気にコスト削減と番組づくりのスピードがアップし、1997年ころには年間で約400本の番組を自社で制作できるまでになりました。
ラジオはわずか5分間、テレビも深夜枠30分の地方局番組からスタートし、可能性を信じながら、そして実績をひとつずつ積み上げながら、長崎県の佐世保を拠点に、通信販売の販路をローカルから中央へと広げていきました。今では佐世保に自社スタジオを完備。衛星放送「スカイパーフェクTV!」の専門チャンネル「ジャパネットスタジオ242」を、生放送を交えながら毎日24時間全国のお客様に向けて放送中です。
2000年には、顧客会員向けの通信販売カタログ、「ジャパネット倶楽部」の発行を開始。当社はより多くのお客様に信頼できる商品の情報をお届けするために、ラジオ、テレビ、紙メディア、CS放送、インターネット、携帯サイトなど、メディアをどんどん増やしながら、通信販売事業を拡大させているのです。
通信販売事業を継続していく中でこれまで常に心がけてきたことは、利益が上がる商品だけを優先することなく、厳選された品質の高い商品を扱うということ。また、商品へのお問い合わせは当社が受け、放送枠を提供いただいたテレビ・ラジオ局にご迷惑をかけないということ。そういった意味で、当初からソニーさんなど、信頼できるナショナルブランドメーカーとお取引を始められたことは良かったですよね。しかし当時、ナショナルブランドは販売店との取引が主で、もとより通信販売などタブー視されていたのです。そこを何とか信頼していただけたのは、私たちの熱意と、小さな実績の積み重ねしかないですよね。メーカーと販売店、双方が信頼し合えるパートナーになれて初めて、お客様への責任が果たせると思います。
私が販売させていただく商品を選ぶ際の基準として考えるのは、その商品が人の生活のどこを変えていくのかということです。それにはふたつあって、本当に人々の生活を潤してくれたり、より楽しくしてくれる商品か。もうひとつ「こう変わりますよ」とメッセージを込めることによって人の生活を変えていく商品か。だから私は、商品は生き物であると考えています。商品にメッセージという魂を注入することで、その商品を手にしたお客様の生活が豊かになると思えば、おせっかいといわれようとも紹介せずにはいられなくなるのです(笑)。
たとえばこんなお手紙をいただいたことがあります。小児ガンを患っているお子さんを元気づけるために、当社でニコンの一眼レフカメラを購入いただいたご家族がいらっしゃいました。そのカメラを手にしたお子さんは写真を撮る楽しさを知り、以前と比べて生き生きとし始め、病気と前向きに対峙するようになったのだそうです。ただの美談ではなく、商品は人の生活を変えていく力をもっているということを証明してくれる話ですよね。
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