(株)ピーチ・ジョン 野口美佳 後編1

last modified 2008-07-22 18:43
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【後編】第9回 株式会社ピーチ・ジョン 代表取締役社長 野口美佳 Mika Noguchi


いつも自分の直感を大切に生きてきた。まずやってみることで自分の常識は変わります!



<ピーチ・ジョン、第二のブレイクスルーポイント>会長の反対を押し切って直営店を出店。さらなる飛躍を決定付ける成功を手にする


 ピーチ・ジョンを設立し、カタログ名を『PJ』に統一した1994年当時、当社は文京区千駄木といういわゆる下町に本社を構えていました。通信販売の広告には本社所在地を明記するのですが、それを見たお客さんが本社に商品購入にくるわけです。最初は1日2~3人程度だったのが、簡単な展示コーナーをつくると20~30人になり、1日20万円ほどを売り上げるように。また、雑誌社などに商品を貸し出すことが増え、編集者の人たちが来社するのですが、簡素な事務所なのでかっこがつきません。そこで、直営店をつくりたいと会長に直訴しました。そもそも通販ビジネスは、バックヤードにかける経費をいかに削減するかが成功のポイント。通販ビジネスのプロである会長にしてみれば、何を考えてるんだって話なわけです。でも会長の反対を押し切って、『ピーチ・ジョン・ザ・ストア』の出店を決めました。それも内装に4000万円以上もかけて。

 結果、私の目論見は当たりました。編集者やスタイリストからの問い合わせがこれまで以上に入るようになり、テレビや雑誌からの取材が増加します。これにより、大きな宣伝効果とブランド認知力がそなわったのです。そして、若い女性たちが駅からまっしぐらに『ピーチ・ジョン・ザ・ストア』をめがけて押し寄せました。土日休みで11:00~19:00が営業時間という殿様商売にもかかわらず、月商は1000万円超! 数カ月で出店にかけた投資分を回収することもできました。

 その後、多くのディベロッパーから声がかかるようになり、95年、2号店目を渋谷の109に出店します。当時の109は今のような若い女性が集まる場所ではなかったんですよ。地下にちょっとそれらしいショップがあるくらいで、地上階は着物や宝飾品などのショップばかり。いわば奥様のための109だったんです。うちは3階に出店したんですが、それからエスカレーターで若い女性がどんどん地上階を目指してくるようになりました。私が言うのもなんですが、109に若い女性が集まるようになったのはピーチ・ジョン出店以降。でもさすがは東急さんです。翌年から一気にテナント編集を変えて、若い女性向けのショップを入れ始めましたから(笑)。

 

<成長を遂げてきた裏側にあったもの>マーケティングミス、生産地変更によるトラブル・・・ 試行錯誤を繰り返しながらの体制づくり


 現在、カタログ『PJ』の発行部数が250万部、直営店『ピーチ・ジョン・ザ・ストア』は全国に19店舗を展開中、売上高は170億円を超えるまでになりました。もちろんずっと順風満帆だったわけではありません。

 スタートから4年目くらいまで、大量注文に商品在庫が全く追いつかなくなった時期があります。ある商品を3000本くらい仕入れたんですが、なんと予想外のヒットで6万本ものオーダーが入ってしまったのです。当時の仕入先はアメリカでしたが、追加の注文をしても納品は半年後になると。お客様からは「ないものを売るな」などクレームが来ますし、商品がキャンセルされることもありますから、会社としての信頼を失ってしまいます。それでも広告を出して販売をしていかないと、足りない在庫を仕入れる資金もないわけです。これには本当に参りました。現在では香港を拠点に、中国でトータル100カ所以上の工場と提携。在庫不足に陥らないよう、マーケティングには細心の注意をはらっています。

 その中国とのやりとりも大変でした。アメリカや南米から生産をシフトし始めた1998年頃の中国は、下着の素材となるゴムひもを揃えることすら難しい状況なわけです。今でこそ何でも揃いますが、当時は素材をこちらから送ってつくってもらっていたくらい。また下着の製作は裁断機やミシンを使うくらいで、90%が人の手による手づくりなんです。例えば1㎜の違いで着心地が台無しになる。クオリティをコントロールするためのマネジメントに3年間くらいは四苦八苦してました。あとは検品の問題です。最初は国内でやっていたのですが、ロス率が高い。商品を国内に入れただけで関税もかかりますので、今では中国サイドで検品できる体制をつくりました。

 などなど、ピーチ・ジョンはそうやって自分たちで試行錯誤を繰り返しながら、成長してきた会社なんです。


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