DGトップ 特集 起業家インタビュー MY BEST LIFE 挑戦する生き方 第4回 (株)アイチーム・アイテム 代表 俳優 伊原剛志 (株)アイチーム・アイテム 代表 俳優 伊原剛志 後編1

(株)アイチーム・アイテム 代表 俳優 伊原剛志 後編1

last modified 2008-07-22 17:59
ドリームゲートスペシャルインタビュー MY BEST LIFE 挑戦する生き方
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起業家俳優・伊原剛志の「志」が生み出した新業態 第4回(株)アイチーム・アイテム代表 俳優 伊原剛志

これからも自分の可能性を信じて、一生涯、“志”を持って生きていく!

<タリーズコーヒージャパン成長の秘密.2>上場によりひとつの目標は達成。上場継続よりも大切にしたかったこと


(株)アイチーム・アイテム代表 俳優 伊原剛志

 海外の俳優は年をとってもいい役者がたくさんいるのに、なんで日本には少ないのか?常に疑問に思ってました。その理由がだんだんわかってきた。最初は誰でも努力する。売れてくると、いい車、きれいな女房、豪華な家と、生活レベルが格段にアップする。でもピークが過ぎると昔のような努力を怠って、仕事が減ってきて、やりたくない仕事も生活レベルを維持するためにやるようになる。役者として輝くためではなく、生活のための仕事。もしもそんな状況になったら僕はすぐに役者を辞める。いつでも貧乏に戻れる自信もある。純粋に役者を続けていくためには、食い扶持はほかで稼ぐしかないと自分で結論を出しました。大阪時代、なかなか貧乏から脱却できない親父の背中を見ながら、いつか僕はやりたいことが自由にできるようお金を稼げるようになろうって思ってましたし。

 18歳で上京した当時、東京でおいしいお好み焼きが食べれなくて寂しかった。この頃から、いつかお金を持ったら自分でお好み焼き屋をやろうと思ってたんです。これも小さな志。で、29歳で決めた。お好み焼き屋を、やる。当時の僕の年収は仕事が好調で4000万円ほど。貯金は1800万円あった。でも貯金を全部つぎ込むつもりはなく、借り入れの相談に銀行へ。しかし、担当者は静かに「貸せません」……。俳優業は将来が不安定だとの理由。でも、「貯金の1800万円を担保に、1800万円を貸すことはできます」と。貯金を全額押さえられて、同額のお金を借りて利子も払う……。あほらしいですよね、それって。結局、貯金を全部はたいて始めることにしました。

 味は、地元の大阪・生野で一番好きだったお好み焼き屋「一福」に押しかけて、店主夫婦に頼み込んで教えてもらった。生地に入れるタレだけは秘密だったので、東京に帰って自宅に鉄板を買い込んで、毎日、試作&試食。2カ月後、やっと納得する味が完成しました。

 店は三軒茶屋。これは知り合いの経営者からの助言を得ながら決めた。こうして、92年3月6日、僕のお好み焼き屋「ぼちぼち」1号店がオープンしました。同時に出演が決まってたマフィアのボスを演じるミュージカルがあったんで、開業準備中は超大変。練習して、店に行って、片づけが終わるのは深夜の1時。正直、きついし、体もボロボロです。マフィアのボスと、お好み焼き屋の経営者、両立できた理由は体力や根性だけじゃない。一般の人も、外では仕事、家に帰れば、親、子どもと、いろんな顔の日常を無意識で過ごしている。それを僕は意識的にやるんです。「俺は今、こういう役や!」。そう思うとわりとすっとできたりする。つくづく、僕は役者という仕事に助けられていると思います。

経営者としてのポリシー―会社で儲かったお金は、スタッフの独立支援に使いたい

(株)アイチーム・アイテム代表 俳優 伊原剛志


 開業前にひとつだけ大きな問題が起こった。実は最初、中学時代の親友と一緒に経営するつもりだったんです。でも彼は開業の数日前に突然、プレッシャーを感じて離脱したいと。僕は、平静を装っていましたが、マジでつらかった。この時から、「親友とは一緒に仕事をしない」が僕の教訓となりました。でも現在、彼とはまた元通り仲良し。腐れ縁ってやつですね。

 三軒茶屋の1号店は、開業当初から黒字経営。実の母親が喫茶店や韓国料理店を経営するのを見てましたし、小さい頃からバイトしていたことも役立ったと思います。「そんなん、もったいない」。この言葉をいっぱい聞いて育ちましたからね。身を持って「もったいない」を感じたのは、東京で一人暮らしを始めてからです。銭湯一回行かずに流しで体を洗ったら、ビールが1杯飲めるとかね(笑)。起業家になると、全部のお金の出所が自分で、利益も返ってくる。それが身に染みてわかるのは、一人暮らしの時と同じ。今月はこうやって節約したから、これだけ利益が残ったとか。うちの店長や社員には、それをわからせるために、基本給+歩合で給料を払うことにしました。みんなに経営者感覚を持ってほしい。だから、スタッフの契約更改も真剣にやる。保留もありで、お互いが納得行くまで話し合う。僕に間違ってることがあったら、きちんと聞く。でも、やるって決めたことはうそをつかず必死こいてやれと。そうやって、スタッフとの信頼関係を築きながら、常に“起業家役”として、最高のパフォーマンスがどうすればできるのか考え続けています。

 さっきも言ったとおり、僕は売り上げや利益をたくさん挙げるために起業家になったんじゃなくて、真剣に役者を続けるための一手段として起業家になったわけです。その後も経営は順調で、現在14店舗を展開中。また、「ぼちぼち」の商標権の一部をエリア限定で売却し、そのロイヤリティ収入も入っている。昨年度の売り上げは7億円で、利益率もかなり高い。僕の弟や、味を伝授してもらった「一福」の息子さんなど、のれん分けで独立していっています。今後も、頑張ったスタッフが独立を目指せるよう、直営展開は大人し目にして、のれん分けオーナーをどんどん輩出していきたいですね。会社で儲かったお金はそうやって、スタッフの夢のために使ってあげようと思っています。

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