自らスポンサーを募り、借金をしてまで総合プロデュースした「ジュリアナ東京」は、予想を超える快進撃を続け、初期投資15億円に対し、初年度の売上高は20億円強と大成功。しかし、私は2年目にはジュリアナの経営から離脱することになります。利権争いによって、ジュリアナを追われたのです。結果、私に残されたのは、4000万円の借金と、「ジュリアナ東京を立ち上げた男」という実績だけでした。
私の人生でもっとも過酷な雌伏の期間の始まりです。2年半、借金地獄と戦いながら様々なビジネスを手がけ、不死鳥のような復活をイメージしながら奔走し続けました。そして数社からの資金協力を取り付けて、再び私がプロデュースした六本木の大型ディスコ「ヴェルファーレ」。これが大成功し、借金の大半は返済することができた。しかし、今度は社長から副社長へ降格。いくら自分で立ち上げた事業でも、金を出していない以上、オーナーの意向には逆らうことはできないということです。資本市場の原理を、嫌というほど思い知らされました。
結果、1年半後に私はヴェルファーレを去ることになるのですが、すでに次のビジネスの準備を進めていました。今から10年前の1995年2月、マンションの1室で5人からスタートし、1400億円の年商を挙げるまでに成長したグッドウィルの始まりです。

私は3件目のディスコではなく、これから本当に市場が大きくなるビジネスを手がけようと考えました。そして、人材ビジネスに大きな可能性を見いだします。
その理由はこうです。まず、規制緩和が進んでいる業界であり、巨大企業が存在していない。経営者層を除く日本の一般労働者の総額賃金は約79兆円。その内、40%は常時雇用でなくてもいいはず。すなわち、約30兆円は雇用形態のリプレイスが可能。国内すべての派遣会社の売り上げは約3兆円。のりしろは膨大にある。ならば、ここで圧倒的に勝てる要素をつくれば勝てる。特に、コンサートやイベントなど、軽作業のできる若いスタッフを必要な時だけ短期間で使いたいというニーズが高いこともわかった。そして、軽作業専門の人材アウトソーシングビジネスに行き着くわけです。
私は若いスタッフを集めてくるために、3つの「売り」を考えました。「好きな時に仕事ができる」「その日に現金で報酬が得られる」「いつも違った仕事ができるので飽きない」。予想通り、これがフックとなって面白いように多くの若者が集まってきました。登録者が増えれば、それだけたくさんのクライアントからのニーズに応えられます。グッドウィルのビジネスはいきなり順調なスタートを切りました。さらなる急成長を可能にしたのが、求人側と求職者側のニーズをマッチングするためのシステム化。現在、180万人の登録者がいますが、平均2時間で人と仕事のマッチングをすることが可能となっています。
設立2年目にして、グッドウィルは売上高40億円を超す企業となり、創業時、メンバーに宣言したとおり、4年5カ月という当時の最短記録で株式を公開することができたのです。
取材・文: 菊池徳行(アメイジングニッポン)
撮影:鈴木慶子 |
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